2話 「仔犬のワルツ」

2019年09月16日


ふと、彼女がカップをテーブルにおいて、私に尋ねた。


「そういえば。あでりーさんの使い魔の子たちは、今も?」


ん、あぁ...。


「...無神経でしたね。ごめんなさい」


いや、まだまだ元気いっぱいではあるんだ。

私と契約したことで、私と同じように寿命というものを喪った2匹と1羽の使い魔たち。

彼らも、私との契約を解除する機会はいくらでもあった。

定命を持たないというのは、想像を絶する過酷だ。だから、解除を申し出たこともあった。

定命を取り戻し、やがて一つの生命として星へと還っていく。お前たちにはそれを求める権利があるのだと。


―――彼らの答えは、拒否だった。

主を一人にはさせない、と。その瞳に宿した強い意志で、断られてしまった。


まぁ、未だに元気いっぱいではあるのだが…流石に最近、気落ちしていてな。

なにせ、これほどまでに代わり映えしない景色に、私しかおらん状態だったのだ。

食事も満足に与えられない。だから、今は休んでもらっている。


「そう、ですよね。使い魔さんたちの心までは…」


まぁ、元気があるのは事実なんだ。だが、満足に気が休まらない、というのもまた事実でな。

ゆっくり休んで、目を覚ませばまた元気に暴れてくれることだろうよ。


「あはは。あでりーさんは、優しいですよね」


何を言う。私はいつだって優しいぞ。


「そうでしたか?」


―――そうですとも。


「そういうことにしておきましょうか」


あきれた、と肩をすくめる彼女。

全く。これだから年上というのは。

顔を見合わせて、ふふっ、と笑みが零れる。




「そういえば。あでりーさんの使い魔さん、狼さんがいましたよね」


いるな。気づいたら屋敷みたいな大きさになっていた、あいつだな。

仔犬の頃、というか。引き取った時からすでに大きかったが、今や…。うん。

神話にある、太陽を飲み込む狼というのがあいつの祖先だと聞かされても「ああやっぱり」としか思えんほどだ。


「ほら、狼っていったら」


ああ、なるほど。


あの人は、確かこの辺りに――――。











「わあ、大きな狼さんなのです!」





嬉しそうに弾んだ声がしたのは、いつの事だったか。


魔女の夜会で、借金のカタに手に入れた――――

というか涙目で魔女から託された、使い魔の狼「アルタイル」をブラッシングすべく、酒場の庭で格闘していたとき、そんな声が背後から掛かった。


「あぁ、ディーテ殿か。やあ」


ブラッシングの手を止めて私がそう答えると、彼女は狼族の特徴である可愛らしい尻尾をぶんぶかと振り回して、目を輝かせて駆け寄ってきた。



「あでりーさん、こんにちは!」


にっこり、と。

花が咲くように笑う彼女に、私もつられて微笑みを返す。

相変わらず、天真爛漫が服を着て歩いているような少女だ。


「うむ。こんにちは」


「それにしても、おっきな狼さんですねー」


「あぁ。図体はでかいが、これでまだ仔犬でな。生後5か月ぐらいなのだ」


ほへー、と口を開け、アルタイルを見上げる彼女に、私は苦笑して言った。

ぽんぽん、と毛皮を叩くと、気持ちよさそうに鼻先を擦り付けてくる。


「こんなに大きいのに仔犬さんなのですか!」


「ああ。賢い仔ではあるんだが、まだまだ甘えたい盛りでな――――――おい、おい待て。

お前そのサイズで鼻先擦り付け......あいたたたた肋骨が!肋骨がごりごりいっているだろうが!」


「随分と懐いてるのですねぇ」


「懐いては!いるんだが!あいたたたた!まだ仔犬な分、容赦が!あいたたたたた、ちょっと待て、アルタイル。ステイ!ステイだ!お座り!」


慌てて指示を出す。

アルタイルは動きを止めてお座りすると、嬉しそうに尻尾を振り回し、甘えた声を出している。

こいつ...。

しかし、分かってはいたことだが座ると倉庫の屋根の高さぐらいになるな。どこまででかくなるんだ、こいつ。


「わあ、本当におりこうさんですね!」


「あぁ、引き取った時から全く手がかからん奴でな。

やんちゃの塊みたいな猫のスピカとは真逆で、自己主張が少ない分、しっかり視てやらなくてはならん。放置しておくと夜中に寂しげに鳴くからな…」


「ほへー...。あのあの、あでりーさん。アルタイルくん、触ってもいいですか?」


「ん?構わんぞ。ちょっと力が強くて大きいが、その点以外は普通の仔犬みたいなものだ。

ぜひ遊んでやってくれ。その方が喜ぶ」


そう言ってやると、アルタイルが振り回していた尻尾の動きがさらに激しくなった。

その動きに同期するように、ぱあっと顔を輝かせたディーテ嬢の尻尾の動きも激しくなる。

......埃が舞うなぁ。後で掃除するか。


「わふー!」


彼女は目を輝かせて、アルタイルに突撃すると、そのまま腹の辺りの毛皮に「もふっ」と埋まった。

そしてぴたり、と動きを止める。


「...もふもふですー!」


動きを止めたと思ったら、幸せそうな声を出してもふもふと毛皮に沈み込んでいく。

幸せそうで何よりではあるのだが、良いのだろうか。

大きな狼に少女が取り込まれていくような絵面になっているのだが。


とはいえ。

ここまで喜んでもらえると、半日がかりで洗って、乾かしてからブラッシングした甲斐があるというものだ。

狼であるためか、流石にティポ殿の尻尾ほどふわふわ、とは行かんが。

今のアルタイルは、干したての布団のような魔力を放っている。


ブラッシングのおかげで、明日は筋肉痛であることだけは間違いがない。


さて、どうせ筋肉痛になるのだ。

小さなテーブルと椅子を酒場から引っ張り出してきて、一人と一匹が戯れるさまを、お茶を飲みながら見守ることにしよう。





それから随分と経っただろうか。

遊び疲れたのか、ふぅ、と腕で額を拭くようなジェスチャーをしつつ、彼女は満足げな表情で帰ってきた。


「おや、終わったかい」


「わふー!満喫したのですー。」


目をやれば、うちのわんこ君も随分と遊び疲れたのか、すっかりおねむのようだ。

伏せた状態でゆっくり尻尾を振りながら、目がとろんとしている。

私がそばにいるからか、頑張って起きていようとしているらしい。

健気さは買うが...。


「お前まだ仔犬だろ。眠いならそのまま寝てしまえ。寝るのも仕事だ」


そういうと、彼は「わぉん」と一声鳴くとそのまま寝息を立て始めた。

少し離れた場所から寝ている姿をみると、仔犬らしいところもあるんだが…。


「しかしディーテ殿は凄いな。うちのわんこがあそこまで懐くとは」


「人懐っこい仔でしたよ?」


「人懐っこくはあるんだが、遠慮しがちなのだ。あいつは。

魔女のところでしっかり躾けられてきたのだろうが...自分がでかいことを、良くも悪くも自覚しているからな」


「あぁー、あの大きさでやんちゃしたら大変なことになっちゃいますからねえ」


「その通り。とはいえ、私に対しては遠慮がなくなってきたところではあってな......見てくれここ。さっき鼻先でごりごりやられた痕だぞ」


服を捲ってみると、鼻を押し付けられたあたりが赤くなっている。

傷にならない程度に配慮はしてくれたようだが、それでもあの図体でやられるとどうしてもこうなる。


「ありゃ、真っ赤なのです!というかここお外なのですよ!?はやく隠して下さい!」


「見苦しいものを見せたな。...とはいえ、まだ仔犬だから多目に見るつもりだ。

...それにしてもディーテ殿は随分と手慣れていたな?」


「いつもヴァナガンデル様と稽古していたのです!大きな狼さんには慣れているのですよ」


彼女は両手を小さく握り、ふんす、と得意げな表情をした。

ああ、そういえばこの少女は、かの生ける伝説の水狼の加護を受けていたのだったか。


「折角だ。ここで紅茶でも飲みながら、その辺りの話も聞かせてもは貰えんか?」


「はい、ぜひご一緒させてください!...えへへ、あまりお話するのは得意じゃないので...きんちょーするのです...」









「――――――いや驚いた。あの御仁、人騒がせだな?」


彼女の話がひと段落し、ゆっくりとお茶を楽しみながら私は感想を述べた。

一通り話し終わった彼女は、幸せそうな顔でクッキーを齧っている。

そういう顔をみられるなら、作った甲斐はあったというものだ。


「そうなのですよ!家出したと思ったらエドルの泉で戦っていて、お怪我だらけで大変だー!って思ったら...」


「なるほど。本人は思い切り楽しんでいたと」


「そうなのです!本人はめちゃくちゃ愉しんでいたですっ!あんなに探したのに!1か月も遊んでいたのです!」


ぷんすか、と彼女はご立腹だ。

だが、それも長くは続かない。

ふと表情を緩めると、にっこりと笑って続ける。


「でも、そのお陰でこの酒場と巡り合えたのです」


嬉しそうに彼女は笑った。

にこにこと、優しい笑顔。


「じぶんは、この酒場が、この場所が大好きなのですっ」


酒場を振り返って、慈しむ様に言う。


「訳ありの冒険者さんに傭兵さん、悪魔さんに死神さん、鬼さん、知らなかったたくさんの獣人さんに、神樹さん、それからそれから......とっても腕のいい占い師さんっ!」


「...おや、私もか」


「当たり前なのです!みんながいて、あでりーさんがいて、じぶんもいるのです!」


私をびしり、と指さす彼女は「当然だ」と言い切った。

すこし、そう。少しだけ。

彼女は私の内心を、見透かしていたのではないか。そんな気がした。


「いままで真っ白だったじぶんに、たっくさんの色を分けてくれて...いまではとってもカラフルになれたですよ」


彼女の頬は少し紅潮していて。

ああ、きっときみはこれからも、色んな色に染まっていくのだろう、と。

そんな素敵な未来を予見させる、

きっと、きみの素敵な未来の中には、私の姿もあるのだろう。


そういう、素敵な色をしていた。


―――これからも、どんなお友達ができるんだろう...わくわくがとまりません!です!

星の観測者 あでりー
本原稿はあくまでも仮です。ご意見ください
Powered by Webnode
無料でホームページを作成しよう! このサイトはWebnodeで作成されました。 あなたも無料で自分で作成してみませんか? さあ、はじめよう