3話 「謂われなき借金」
そういえば、よくよく考えると普通正気を疑うよな。
ゆぐ殿の出自にせよ、私の出自にせよ。
あの当時で...いくつだったか。
「あでりーさんは確か、5,000歳とちょっとでしたよ」
となると、ゆぐ殿は樹齢8,000歳かそこらの頃か。我々、あの当時ですでに化石みたいな歳だったわけだ。
「化石とは心外です。まだ若木だった頃なのですよ?」
ぷんすか、と遺憾の意を表明するユグドラシル。
はは、わかったわかった。
しかし改めて考えると、とんでもない連中だったな。
思い返せば不思議な酒場だった。
私たちみたいなのをさらりと受け入れていたし、皆が皆、それなりに重たい事情を抱えた者ばかり集まっていた。
だからだろうか。
お互いがお互いの環境を知っていくにつれ、奇妙な連帯感が生まれていたのだ。
「あの酒場は特別なのですよ。皆、何かの影を抱えていました」
確かに、そうだな。
私も、ゆぐ殿も。
ある意味では問題児の集まりに近かった。
一歩間違えば、大惨事に大惨事が掛け合わされて、それこそ国の一つや二つ、消滅してもおかしくないほどの『爆弾』を抱えた者も、それなりにいた。
だが、だからこそ、というべきか。
皆が皆、お互いの問題に真摯に向き合って、解決に向けて動いていた。
「不思議な場所だったのです。出身はおろか、お仕事、人種までばらばら。あれでよくまとまっていたものです」
全くだ。そこはやはり、全員が度しがたいほどの―――
―――お人好し、だったからだろう。
「それに、『何か』が無い生き物は、そもそも近寄ることさえできなかったのです」
訳アリばかり引き寄せていると思ったら、『祈り』のようなものが常時発動していたと知った時には顎が外れるかと思ったぞ。
「『祈り』や『加護』は専門外だったのですよね?」
いかにも。私の専門は星の力と、魔力、呪いの類くらいだ。
「そういえば、あの酒場に私たち以外の人が入ってきたことがあったと聞いたことがありますね」
ああ、そうだな。あの時は確か、彼が切欠に...
ええと、ええと...。
呟きながら、彼女がページを手繰っていく。
そう、酒場でもひときわ目立つ男――――
「あ、見つけました。」
ある昼下がり。
酒場で店長代理にお願いして昼食を取った後、カウンター席で食後の紅茶をいただきながら、ゆったりと本を読んでいた。
本の表題は「最近の流行ファッション100選!~気になる彼もこれでイチコロ~」だ。
普段は学術書や政治、経済書などを中心に目を通している私だが、何もお堅い本ばかり読んでいるわけではない。
小説も読むし、雑誌も読む。
とはいえ、こういう本については自分で手に取ることはまずない。
私の名誉のために言っておくが、酒場の机の上に取り残されていたものだ。
一体誰の持ち物なのだろうか、と思い、手に取ってぱらぱらと捲って居たところ、これが案外面白いのだ。
~今年の春はコレで彼もイチコロ~
ましゅまろ系ふあふあ女子がアツい!
などと書かれている。
...焼きマシュマロだろうか。
その場合、どろどろ激熱、下手に口にすると火傷するベタ甘系地雷女子ではなかろうか。
添えられている写真の中では、確かに可愛らしい服装をした少女が笑っていた。
ふむ。こういうのが男受けするわけだな。
こういった情報も意外と馬鹿にならない。
この町に来てからというものの、仕事のうち、市井の一般客からの占い相談を受けることが増えているからだ。
この街に腰を落ち着ける前は、常に放浪し続け、その土地その土地で顧客を探して依頼を受けていたため、いつも通りの所謂「金持ち客」が多く、「アデリーナ・ミューゼルブルー」として活動できていたが......今ではすっかり街で噂の「よく当たる占い師」だ。
ブルーとして活動する分には金に困ることなどないが、市井の占い師なんてものは全くもって儲からない。
生活に困っているわけではないからこそ、こうした道楽じみた仕事もできる、と言う訳だ。
さて、市井の占い相談、というのは、実のところ大して本気で占う必要があるわけではない。どちらかと言えば、悩める依頼人に対してのカウンセリングと助言だけで大抵は事足りる。
だからこそ、こうした情報でも、知っているのと知らないのでは、できる助言の幅が変わってくる、ということだ。
それにしても...この雑誌。
とことどころ付箋がしてあるあたり、持ち主の本気が伺われる。
誰か落としたい男でも居るのだろうか。
そんな益体もない事を考えていた、その時である。
「あっ、師匠!!」
ばんっ、と大きな音を立て、コハクが酒場へと転がり込んできた。
追われている、と言う彼は、焦ったような、脱力したような何とも言えない表情。
今日も何かから逃げ回っていたようだ。
つい先日は、胸の大きさの話を突然ぶちかまし、私を含め数名を逆なでし、それこそこやつはそのうち狩られるのではないか、と思うほどに盛大に追い回されていた。
挙句の果てに、本気で怒らせたらこの酒場でも有数の恐ろしさではないかと私が密かに思っていた雪華にまで飛び火し、危うく魔女狩りよろしく火あぶりにでもされそうな事態にまで発展し、あやうく焼きかぼちゃとして食卓に上がりかけていたが、はて。
今日は一体何を怒らせたのか。
「師匠!ちょっとマジでやばいの!助けて!!」
ぜぇぜぇ、と荒い息を付きながら慌ててドアを締め、そのままずるずると崩れ落ちる。
「...今日は何をやらかしたんだ?」
「そのいつも誰か怒らせてるみたいなのやめてくんね!?」
心外だ、とばかりにコハクが抗議の声を上げる。
......?
思わず、首をかしげる。
違うのだろうか。
「あっ、心底不思議みたいな顔してんなおい!」
「ははは。意外と鋭いではないか」
そんなことを話していると、ばたばたと近づいてくる足音が聞こえた。
「ってやべえ!もう追いついてきやがった!やべえ、どうしよう師匠!?」
見るからに狼狽するコハク。
ふむ。
「ではそこの樽にでも隠れていたらどうだ」
酒場にいつも積んである樽を指し示す。
この酒場ではおなじみ、いちご牛乳の樽だ。
「...あれいちご牛乳の樽じゃないスか」
「今朝がた朔殿が飲み干していったから、中身は開いておるぞ」
「いや入ったらべったべたに...」
「ではそのまま見つかったほうが良いか?」
「あっ、入らさせていただきまーす」
嫌そうな顔をしながら、とぼとぼとした足取りで樽に近づくと、よっこいせ...と親父臭い声を上げながら樽へと身体を滑り込ませるコハク。
『うわぁ、やっぱりべたべたするぅ...』
しくしく、と情けない声が樽の中から漏れ聞こえてくる。
しかし、一方で外から聞こえてくる足音はばたばたと店の前を行ったり戻ったりとせわしない。
とはいえ、恐らくここには踏み込んで来ないだろう。
何せ、夕方にならないと表に看板を出していないし、そもそも看板を出していても入ってくる者が少ない。
......言っておいてなんだが、この店本当に大丈夫なのだろうか。
店長代理殿は当たり前のような顔で店の鍵を渡して仕入れに出て行ってしまったことだし。
信頼されているのか、不用心なのか。
恐らく前者であろうとは思うが、それにしても経営状況が気になる。
常連しか居なくないか、ここ。
ぼんやりと考えていると、がちゃり、とドアが音を立てて開いた。
樽ががたり、と音を立てたような気がするが、務めて無視をする。
すると、ずかずかと音を立てて、3人の男が酒場へと踏み込んできた。
これは驚いた。普通の人間は入ってこないような場所なのだが。
「邪魔するぞ。...おい、あんた。ちょっと訊きたいことがあるんだが」
最初に踏み込んできた一人が、私の目の前まで歩いてきてそう言った。
ふむ、訊きたい、とはいいつつも、拒否することを疑っていない態度だな。
こうした手合いは面倒なんだがなぁ。
はぁ、しかしどういう事なんだろうな。
思わず舌打ちをしかける。
「......なんだね、藪から棒に。ノックも無しとは随分と無礼ではないか?」
「んだとこのアマ...」
男のうち一人が、分かりやすく威嚇しようとする。
随分と短気な輩だ。これはまともな客、とは到底言えないだろう。
「おい、やめろ」
しかし、最初に声を掛けてきた男が止める。
「あんた―――あぁ、例の占い師か。噂は聞いてるぜ。美人の占い師が夜中ほっつき歩いている、なんて噂をな」
夜中ほっつき歩いている、というのは心外だ。
最近は夜中出歩いては居ないはずなのだが。代わりに倉庫の屋根の上に作った観測場で星を見ているくらいなものだぞ。
「ほう、随分と不用心な奴が居たものだな。で、私に何の用だ」
「......あぁ、男を探していてな。借金を踏み倒しやがった野郎なんだが。おい」
顎でしゃくるようにして示すと、先程まで無言だった3人目が、懐から丸めた紙を取り出した。
手配書のようなものだろう。
そう考えていると、受け取った男が広げて私に見せてきた。
「こいつだ」
緩めのウェーブが掛かった眺めの黒髪、垂れ気味な目。
あと頭のかぼちゃ。
かぼちゃ。
コハクよ。
お前のその借金とやら、冗談で言われていたのではなかったのか。
本当に借金取りに追われているではないか。
はあ、と溜息を吐いてしまう。
まったく、本当に借金しているならそうと言えばいいものを。
何を恰好つけているのやら...と言いたいところだが、金で困っている様子があるわけでもない。あくまで「そういうキャラ」という冗談で言われているだけとは分かっているのだが、しかしこうして目の前に借金取りがいると、つい疑いたくなるのも人の心だ。
よく考えると、借金キャラというのはどういう認識なのだろうかと首をひねりたくもなる。
仕方ない。今は目の前の問題を片づけるとしよう。
「ほう?また胡散臭い顔をした男だな。...とはいえ、残念ながら今日はお前たち以外ここに客は入ってきておらんなぁ」
入ってきた、というか飛び込んできた奴しかおらんからな。しかも客かどうかと問われると悩むところだ。
たまにはまともに酒でも飲んだらどうなんだ、我々常連は。
「おい、隠し立てしても良い事なんてねえぞ」
「隠すも何もなぁ。見て分からんのか?営業時間外、というやつだ」
しれっと言ってのける。
こういうときは真実を語るに限るのだ。
そして、「真実を口にしているが、言っていないことがある」ということが大切だったりする。
嘘を見抜く輩は案外多いが、真実は見抜くも何もないからな。
「...本当に知らんようだな」
ふう、と男が息を吐く。
「だからそう言っておるだろう。......まぁ、招いていないとはいえ、折角酒場に来たのだ。一杯ぐらい飲んでいけ」
「ほう、となるとお前たち、雇われなのか」
仕方なしにラムを出してやると、「すまねえ」等と言いながら、彼ら3人はカウンター席にどっかりと腰掛けた。
話を聞いてみれば、彼らはあくまでも雇われの何でも屋。
依頼人に対して、取り立てて忠誠心があるわけではないという。
「つってもなぁ...探す手伝いぐらいなら構わねえんだが、それを「捕まえてくる」だなんてこの馬鹿が言い出すからよ」
「馬鹿とはなんスか!俺っちはよかれと思ってですねえ!」
馬鹿と言われた、3人の中で最も若そうな男がいきり立つが、はいはい、と二人は相手にしていない。
これが彼らの関係なのだろう。
「だから馬鹿なんだよお前は。金貸しの手駒じゃなくて俺らみてえな何でも屋に依頼出してきた時点でやべえって気づけよ...」
意外だった。
顔の傷や、その体格を見るに傭兵崩れのごろつきかと思ったが、これで案外頭が切れるのかもしれない。
「そもそも、何故お前たちは何でも屋などやっておるのだ?見たところ...元傭兵であろ?」
「あー...さすが噂の占い師だな。俺らはよ、元々ちょっとした傭兵団であちこち転戦してたんだがな」
「そうそう、ちょっとだけ名の知れた傭兵だったんだぜ、こいつ」
からかうように、3人目の男が口を挟む。
くすんだ金髪に不健康そうな顔をした、細長い男だ。
「ちょっと「だけ」とは何だよ...。まぁ、戦場で事故に巻き込まれちまってなぁ。そこで負った傷が原因で昔みてえに満足に剣を振れなくなっちまったもんだから引退したのよ」
「兄貴はすげえんだぜ!怪我で剣を振れなくなったとか言って、それでも魔物をばったばったと!それに俺に剣術を教えてくれて!ちょっと息が臭いっすけど!」
「やめろやめろ。......おい、息が臭いとは何だてめえ!」
…私もちょっと思っていたが、さすがに口に出さないだけの分別はある。
「ひぃ!?でも事実っす!」
やはりこいつ、馬鹿なのではないだろうか。
いや、面白いからべつに構わんとは思うが、自分で寿命を縮めておらんか、こいつ。
「こいつ......はぁ。...まぁ、戦えなくなっても傭兵団で兵站の仕事ぐらいは出来ると思っていたんだが、その事故でヴィズル傭兵団も壊滅しちまったようだし......他に生き方を知らなくてな。せめて仲間の手がかりだけでも、って思ってあちこち探し回ってたのよ」
「そんでアホが空腹でぶっ倒れているところを俺が拾った、という感じだな」
「俺は犬か何かか」
「戦場の犬、っつってたろうがよ。てめえで」
ははは、と笑い声が上がる。
「ったく...。そんでまぁ、行き場のなかったこの3人でチームを組んでな。何でも屋なんて仕事してるんだ」
「ははは...。また波乱万丈な話だな」
笑うが、しかし一つ気にかかる点があった。
―――――――――なるほど、彼らがここに入ってこれたのは、「そういう理由」か。
「お前、先程ヴィズル傭兵団と云ったな?」
「なんだ、姉さん知ってるのか?占い師なんかにゃあ、縁のない名前だと思うんだがね」
確かにそうだろう。私の顧客は貴族や王族が中心だ。これまでに傭兵の客などというのはほんの一握りしかいない。
連中は、自分の剣で未来を切り開いていくような奴らだ。
占いなんて、当てにしちゃあいない。
...その割に、戦場でのジンクスやお守り、験担ぎなどは好きなのだが。
いや、今はそんな話はどうでもいい。
その傭兵団の名は――――
「知っているとも。......「ロン」という名に、心当たりは?」
そう、この酒場の宴会隊長の、彼の所属していたそれだ。
私が告げると、男は目を見開いた。
「あの小僧を知ってるのか!?」
劇的な反応だった。やはり、関係者か。
過去に聞いていた話から推測するに、恐らくとは思ったが。
「いや驚いた。やはり彼の関係者だったか」
人の縁というのは分からないものだなぁ、と遠くを見るような眼をしていると、俄かに男が立ち上がり、前のめりになって私の手を握ってきた。
硬い手だ。剣に生きてきた者の手だった。
「占い師の姉さん、詳しく話を聞かせてくれ!あいつは...あいつは生きているのか!?」
そのあと、少し話をしてから彼らは帰っていった。
探している男が、ロンの友人であること、そして恐らく―――きな臭い案件だと伝えると、彼らは納得したような表情を浮かべた。
そして、ロンのダチってんなら、そりゃあ俺が手を出せるわけがない、と。この件から手を引くことを約束してくれた。
流石に予想していなかった事態ではあるものの、とりあえずのところ、ひとまずコハクは助かったと考えてもいいだろう。
フルーニル、と名乗った男は、深く頭を下げ、震える声で礼を言ってきた。
「占い師の姉さん。――――本当に、本当に感謝する」
「この件からは手を引くことを改めて約束しよう。コハクとやらに「悪かった」と伝えてくれ」
「承った。ロン殿には、何か伝えることはあるか?」
「......いや、今はまだ、ない。」
「そうか。そのうち、彼に顔を見せに来てやってくれ。喜ぶだろうさ」
「あぁ。必ず」
そして彼らは出ていった。
去り際に机に置いていった金貨は、彼なりの「依頼料」なのだろう。
彼が頭を下げていた、そのあたりの床がすこし湿り気を帯びていた。
しばらくの後、酒場に静寂が舞い戻ってきていた。
しかし、静寂を破るように、幽かに聞こえてくる声があった。
...なにやら樽が若干震えている。
ついでに啜り泣きする声が聞こえる。
...ぐすっ、ひぅ...
...よかったなぁ、よかったなぁ...
まさか、話を聞いていて樽の中で我慢できなくなって泣いているのだろうか、コハクは。
そろそろ出てきても良いはずなんだが、一向に出てこない。
仕方なく、樽に近づいて上蓋を開けてやると。
ぼろぼろ涙を流すコハクが詰まっていた。
―――何故か、こちらも泣いている黎と一緒に。
思わず動きが停止した。
入ったのはコハク一人だったはずだし、そもそも何故泣いているのか。
いや、というか黎はどこから出てきたのだろうか。
そして何故男二人で樽に詰められて泣いているのだろうか。
疑問は尽きない。
「...あ、師匠。ロン兄さん、本当によかったなぁ...」
「...んんっ、ロンがずっと探してた傭兵団、やっと一人見つかったんだな...」
狭い樽に男二人。
ほとんど抱き合うような体制で泣いている。
いいのか、この絵面は。
貴族と死神が樽に詰まっている、なんて画は、恐らく一生に一度も見ない者のほうが多いのではなかろうか
若干名、激しく喜ぶ奴がいそうな気がするのだが。
......とりあえず、写真でも撮っておくか。
あとで何かのネタに使えるかもしれん。
こっそり撮影するも、えぐえぐと泣いている二人は気づかなかった。
なお、暫くの間、感動の涙を流していた二人だったが、昼下がりにおやつを求めにやってきたディーテとポノに発見され、彼らはひどく赤面することとなった。
きゃいきゃい、と。
おやつに出したフルーツケーキを突きながらはしゃいでいる食いしん坊組の2人と、落ち着きを取り戻して一緒に舌鼓を打っている死神を他所に、私とコハクはカウンター席でコーヒーを飲みながら話をしていた。
「どう考えても、怪しい案件っすよね」
珍しく真面目な顔をしたコハクの言葉に、私は頷く。
いつもかぼちゃを頭にのせ、基本的にふざけた男ではあるものの、その本質は「大いに歪んだ切れ者」である。
おふざけさえ取っ払えば、非常に頭の回転も、話も早い。
問題は、その常に着込んでいる「おふざけ」というある種の壁が分厚いことぐらいなものだろう。
「明らかに怪しいな。借金もしていないのに追われた、というだけでも相当なものだが、敢えて彼らのような人間を使って追っていた、というのは...」
「相当に怪しいっすね。フツー、こういう暗闘やるなら子飼いを使うっしょ?」
「ああ。大抵、金貸しというのは裏側の仕事を請け負う専門の部隊を抱えている。そいつらではなく、市井の「何でも屋」に依頼が行くというのは通常、考えられる事態ではないな」
「裏があるのは間違いなさそうっすね。俺をターゲットにしてるのかな?」
「微妙な所だな。「酒場に踏み込んでこれる奴を使う」こと自体が目的だった場合。誰を狙っていてもおかしくはない」
「ということは、もしかして俺、踏み台にされたかな?」
グラスに注がれたラムをちびちびやりながら、ぼやく。
私もラムで唇を湿らせながら、考えを整理する。
「踏み台にされたのは彼らだろうが、この街で全く金を借りていないのに「借金まみれ」という噂になっているコハク殿を使ったあたり...」
「この酒場の存在自体が知られている。そして、その偵察のために「中へ入れる奴」を利用して「何か」を送り込んだ...とかっすかねー」
とんとん、と指先でカウンターを突きながら、絶対面倒ごとっすねー、と頬杖をついたコハクがぼやく。
さすが、きちんと頭は回っているようだ。
良いところを突いている。
「実家が無関係なのは確定っすね。他に問題がありそうな人が誰か、って考えると。連中の依頼人の様子からして、思いつくのは......3人っすね?」
「手口から考えると、恐らく彼女だろうな」
「やっぱそうっすかー。ヴォルグ君と黎ちゃんに相談しといたほうがいいっすかねー」
「だろうなあ」
言いながら、ぐいとアルコールを喉の奥へ落とし込む。
かぁ、と胃が熱くなる感触。
「師匠は動かないんすか?」
「動く必要があれば動いているさ」
「さすが師匠っすねー。てことは、俺らだけで解決出来る話...か」
グラスを置き、手を組んでぐい、と伸びをするコハク。
たまには師匠頼りじゃないところも、そろそろ見せておきたいっすねー、と。
壁に掛けられた皆の絵を見ながら、彼は呟いた。
ふと。
楽しそうな声が気になって振り返ると、幸せそうな顔でケーキを啄むたぬきと鬼が増えていた。
一通り話が終わると、あはは、と笑いながら彼女が訊いた。
「それで、なんで黎さんは樽に詰まっていたんですか?」
疑問に思ったのはそこか。
確かに気になるところではあるだろう。
私も当時は気になったし。
どうも、朔殿に転移魔術を教わったようでな。
いちご牛乳の樽限定で転移できる術らしいんだが、うっかりコハク殿の入っている樽に突っ込んだらしい。
「よく二人とも、何でも屋さんの話が終わるまで暴れませんでしたね?」
ほお、と感心したように彼女は言う。
案外、分別があるんだよな、あの二人。
「それと、もう一点気になるのですが」
言いながら、ぴっ、と指を立てて真面目な顔をする彼女。
何だ?
「その本、誰のだったんです?」
ははは。