5話 「救い」(後編)
―――戦いは、静かに始まった。
即席で作り上げた祭壇の中央に陣取り、霊脈から力を汲み上げ、精錬していく。
練って、練って、練って。
時間を掛けて力を練り上げ、ルシファーから貰った座標へ向けて、力を通していく。
次元の狭間にパスを通すという、ただそれだけの作業だ。
しかし、途方もないほどの集中と、途方もないほどの力が必要だった。
これはある意味で世界への攻撃に近い。
なにせ、本来揺らいではならない境界に風穴を開ける行為にほど近いからだ。
額に汗が流れる。
一手、ただ一手間違えただけで、私の身体が崩壊を起こしかねない。
それほどの膨大な力が、渦巻いていた。
幸いにして、世界からの抵抗は、まだ無い。
ルシファーが上手く星の力を騙してくれたのだろう。
しかし、世界が抵抗せずとも、悪魔は抵抗した。
当たり前だ。いきなり拉致されそうになって暴れない馬鹿は居ない。
―――まず始まったのは、魔術戦。
魔術戦と言っても、魔導士がやるような派手な撃ち合いではない。
次元の狭間に風穴を開けられ、叩き起こされた挙句地上へと吸い出されそうになっている間抜けな悪魔と、引きずり出したい私のせめぎ合いだ。
悪魔はその「穴」を塞ぐために力を振るう。
私はその「穴」を維持するために力を振るう。
私の眼は届いている。
未だはっきりとは見えないまでも、焦りのような感情が伝わってくる。
さて。上手く引きずり出せると良いのだが。
端から見ている分には極めて地味だが、極めて高度な戦いが繰り広げられていた。
そして、その時がやってきた。
一瞬、ただ一瞬だけ拮抗が崩れる、その瞬間。
ただその一点を狙い澄まして、一気に経路を押し広げる。
魔力で繋がった向こう側から、動揺が伝わってきたのが感じ取れた。
そうだろうな。
偶然にしては出来過ぎている。
これは、私にしかできない芸当。
いつ「そう」なるのか。
それさえ分かってさえいれば、こんなパワーゲームに駆け引きの余地など存在しない。
前哨戦は、どうやら私が勝利したらしい。
『ーーーーどこのどいつだか知らねぇが』
舌打ちと共に。
それこそ、地獄の底から響いて来るかのように、声が聞こえた。
ばちばち、と。
まるで雷でも暴れているかのように魔力が荒れ狂い、ちらちらと夕暮れに沈みつつある周辺を染め上げていく。
初めに目に付いたのは、まるで闇で塗りつぶしたかのような、黒色。
―――悪魔が、現界する。
『余程、死にたいらしい』
ばさり、と。
黒い羽が舞い散った。
じわり、じわりと。
まるで墨が滲み込んでいくかのように、その威容が明らかになっていく。
そのシルエットは見上げるほど高く、ヒトのそれからはかけ離れた大きさだった。
その背後には大きな黒い翼が広げられており、悪魔であるということを強烈に感じさせられる。
ーーーーー二足歩行の、鴉のような悪魔であった。
『随分と舐めた真似をしてくれるな、人間ども!』
びりびりと。
空気を震わせるように、悪魔が吼える。
どさり、と音がした。
音のした方向にちらりと眼をやれば、朔がへたり込んで震えていた。
無理もない。
永い時を経て生き続けた悪魔というのは、存在そのものが『強い』生き物だ。
伝承や神話にて、「見ただけで発狂する」「理解しようとしてはならない」と記述されることもあるそれらは、なにも悪趣味としか形容のしようがない見た目の悍ましさから来るものではない。
ヒトと言う生物の持つ、根源的な警戒心を、恐怖心を強く揺さぶる「何か」を持っているのだ。
故に彼らは、悪魔と呼ばれるのだから。
しかして、我々はその影響を跳ね退ける事に成功していた。
当然だろう。
悪魔や鬼、死神、猫といった種族的に耐性の高い者。
修羅場を潜り抜けた数がその精神に耐性を齎したもの。
そして、何よりも覚悟が違うのだろう。
彼女のために身を賭してでも戦える。
そうした連中を、わざわざ集めたのだから。
だが、当の本人は違う。
彼の悪魔から呪いを受けている、ということは。
すなわち、抵抗が許されない、という事に他ならない。
へたりこんで動けない朔の様子に。
その恐怖に、その絶望に、気を良くしたのか。
それはばさりと、大きく翼を広げて、一際大きく、吼えた。
さて、仕事の時間だ。
「やあ、悪魔マルファス。随分と好き勝手に暴れてくれたようだな?」
真名を舌に乗せ、揶揄うように言ってやる。
「マルファス...?かつての大総裁ではないか!?」
ヴォルグが驚愕に目を見開く。
それはそうだろう。
悪魔マルファス。
かつての魔界の大総裁にして、サタンの腹心。ルシファーの不興を買って追放された、時の次席指揮官。
即ち、力ある大悪魔。
ヒトの願望、欲望、思惑を読み取り、破滅へと導くことを至上の喜びとする、旧き悪魔。
率直に言って、「あの頃のまま」ならば分が悪いにも程がある。
しかし。今はどうだ?
「強がるなよ、失墜した大悪魔。お前は神代において一度滅ぼされかけ、力を失った。違うか?」
そう。
マルファスは一度滅びかかった事で、その力を大幅に落としている。
『貴様...!』
分かりやすい。
悪魔というのはプライドの高い生き物だ。
特に、神代において神の如き権勢を誇ったものなら、特に。
「さて、マルファス。取引と行こう」
『......何?俺に喧嘩を売っておいて、取引だと?』
――――――――――食いついた。
口の端を吊り上げて笑う。
馬鹿、やめろとヴォルグが呻く。
それを雪華が横から諌めていた。
「悪魔なら、契約の機会は見逃せん『美味い話』だろう?」
それこそ、力を失っていたなら、特に。
マルファスは、一瞬の沈黙の後、顎でしゃくるようにして私を促す。
『言ってみろ』
「何、簡単な契約だ。そこの彼女の一族にかけた悪趣味な呪いを解いてもらいたい」
『呪い...?ああ!あのふざけた供物を捧げようとした一族か、それは!』
悪魔は嗤う。
けたけたと。鴉の顔で。
嘴を鳴らすように。
『よかろう。では、対価は何とするのか』
にやにやと。
鴉の顔が嗤う。
だから私は言ってやる。
「ーーーお前を見逃してやる」 と。
しん、と。
全ての音が消えたような錯覚に陥った。
『見逃してやる、だと?あまり俺を舐めるなよ、人間』
『―――――最後のチャンスをやろう』
ーーーーー対価は、何とする
ぴりり、と張り詰めた空気の中。
誰もが固唾を飲んで動けない中。
私は嗤う。
ーーーーーあまりヒトを舐めるなよ、三流悪魔
嗤って私は、星の魔術をぶち込んだ。
開戦の狼煙には丁度良いだろう。
戦いは、熾烈を極めている。
「下がって!ターンフォーム!」
蜜柑が叫ぶとほぼ同時に、魔力で編んだ矢を5本同時に番え、迷いなく放つ。
阿吽の呼吸、とでも言えばいいのか。
前にいた三名が、一斉に後退した。
矢を事前に放っていたにもかかわらず、それはまるで吸い込まれるように仲間たちに命中し、彼の魔力が力を与えていく。
一度下がった面々が前へと飛び出していく瞬間、エイミーナがメイスを振った。
「倒れないでね?ルナゼーゲン」
メイスを通じて形を変えた魔力が弾け、雪華に降り注いでいく。
「ありがとさん!」
そう言って次々に飛び出していく。
連携は十分。練度も高い。
「落ちろ!グランフィーロ!」
叫び、ヴォルグが斬り込む。
ーーー速い。
一時期、故あって大幅に弱体化していた時期があったが、既に十分な力を取り戻している。
『おおおおぉぉっ!』
マルファスが雄たけびをあげ、腕を振り上げる。
最も近くにいたヴォルグを目掛けて、丸太のような腕から鋭い爪が繰り出された。
直撃かと思った、その時。
飛び込んでくる影が1つ。
当然、それは盾を構えた雪華でしかありえない。
「ヴォルグくん邪魔やで!シェルディフューザ!」
「ふぐぅっ!?」

勢い余ったのか。
何故かヴォルグを蹴り倒しながら飛び込んできた雪華が、盾でその腕を受け止める。
相当な勢いで蹴られたらしいヴォルグは、顔から地面に突っ込み、海老反りになりながら滑って行く。哀れな。
そちらには眼もくれず、悪魔は「違和感」に首をひねる。
『身体が鈍い...?』
思っていたよりも気付かれるのが早かった。
鳥頭の分際で、思っていたよりも遥かに賢い。
――――身体の鈍さ。反応の遅さ
それが我々を有利に立ち回らせてくれる。
そのためにわざわざ戦線を外れ、結界による圧力を掛け続けていたのだから。
違和感の原因を探るように、悪魔はぐるりと周囲を見渡す。
そして、私と眼が合った。
『...そうか、始めに撃ち込まれた魔法―――貴様、貴様だな!』
ちっ。気付かれたか。
思わず舌打ちを零す。
密かに、気付かれないように。
細心の注意を払った上で掛け続けていた圧力に気がついたらしい。
私に向けて手を翳し、魔力弾を放ってきた。
シールド、と行きたいところだが、そうもいかん。
今、余計な事にリソースを割く余裕はない。
ここは急所をずらして受けるか。
「させるわけないやろが!」
覚悟を決めたとき、至近距離にいた雪華が盾で腕を殴りつけることに成功した。
魔力弾の向きが逸れ、明後日の方向へ飛んでいく。
『ちっ!貴様ら!』
「雪華!」
「あいよ!」
さっと数歩退いた雪華と入れ替わりに飛び出してきたのは、黎。
「亡者の魂よ、最期の輝きを此処に示せ!ブラッディイクスプロ―ジョン!」
煌めき、闇色の閃光が爆ぜる。
死者の魂、その最期の力を振り絞った爆発は、純粋な「力」へと還元され、辺りを吹き飛ばす。
流石、魂というものの扱いを熟知した死神だ。そこらの魔導士ではこうはいくまい。
「......あっぶなー」
死神ならではのその威力に、押し込もうと前へ踏み出しかけていた雪華が思わず足を止めた。
濛々と立ち込める土煙に、視界が塞がれたため、一歩後退し、油断なく盾を構え直す。
5秒、10秒と。
暫くの間、音がパタリと途絶えた。
あれほど吼えていた悪魔の声さえしない。
「えげつない威力やのお...あいつ、生きてるのかえ?」
雪華が、盾からそっと顔を覗かせながら呟いた。
「おい馬鹿者!それはフラグというやつでーーーぐっ!?」
ひゅん、と風を切る音がして、何かをまともに喰らったらしいヴォルグが吹き飛んだ。
同時に、黎が無言のうちに崩れ落ちた。
「ヴォルグくん!?黎くん!?」
「お、おいなんや!?何が起きてーーーぎっ!?」
今度は雪華だ。
「今何かーーー、アミちゃんっ!」
びゅん、と。
風の音が聞こえた瞬間、蜜柑が隣にいたエイミーナを突き飛ばす。
が、そこまでだった。
「ぐあっ!」
土煙から飛び出してきた、しなる鞭のようなものをまともに受けた蜜柑が後方へと吹き飛ぶ。
『あまり俺を見くびってくれるなよ!』
ようやく晴れた土煙の向こうには、黎の魔法により傷だらけになったマルファスの姿。
ダメージはきちんと通っていたのか、肩口を抑えているが、憎悪で赤く燃える瞳はぎらぎらと輝いている。
その背後には、ゆらゆらと揺れる黒い尾が見える。
先程からの攻撃はあれによるものらしい。
「仕切り直すわ、ルガングレア!」
魔力が光へと姿を変え、周囲へと降り注ぐ。
「...っぐ...馬鹿げた攻撃力だぞ、冗談ではない」
「いたた...一瞬意識が飛んだぞ、おい...」
「っつうー!なんやあれ!馬鹿力にも程があるわえ!?」
口々に悪態をつきながら起き上がり、武器を構え直す面々。
済んでのところで壊滅は免れたようだ。
手出しができないのがもどかしい。
開けた穴の閉鎖と、結界の展開など、いくつかの魔術を並行して行使し続ける。
私はそれだけに掛り切りになってしまっていた。
戦闘は苛烈を極めた。
有機的な連携により、圧倒的な格上相手に善戦を続ける我々だが、しかし決定打が打てない。
お互いに、決定的に状況が動かないままに泥沼の消耗戦へと縺れ込むことになる。
そうなれば、不利を被るのは当然こちら側だ。
私と朔は戦力外だし、そもそも鬼や悪魔、死神といった面々も、ヒトの身を大幅に逸脱しているほどではない。
この悪魔相手に拮抗状態に持ち込めているだけでも、凄まじい戦果と評すべき状況だ。
そして、辛うじて水平に保たれていた天秤が、ほんの少し、ほんの少しの差で揺らいでしまった。
埒があかない、と思ったのだろうか。
マルファスが、前衛を掻い潜るようにして私へと魔法を撃ち込んだのである。
状況が動くことになる。
「雪華!」
「間に合わん!避けてやあでりーはん!」
―――間に合わない。
「ぐっ...!」
直撃を貰った。
脇腹を抉り取られる。血が噴き出す。
だが、辛うじて致命傷だけは避けることができた。
ふらつく足を叱咤し、魔術の行使を続ける。
ぼとぼと、と。
血があふれ出し、地面を濡らす。
「へっ?」
朔が、きょとんと、驚いたような顔をした。
まるで、私が大怪我を負うことを考えていなかったかのように。
「あ、ああああ...、あでりー、はん...?」
この程度の損傷は織り込み済みだ。
何も、魔術を続けられないほどではない。
それよりも、時間が無い。
ターゲットにされたのであれば、猶更。
「おい、あでりー嬢!」
ヴォルグが気づかわしげにこちらに呼びかける。
「気にするな、かすり傷だ。お前たちは前を見ていろ!」
「ちっ!後で治療するからな!」
「あでりーはん!無理は―――」
「くどい!こちらを気にするんじゃない!」
その後も、何発も、それこそ何発も魔術を浴びる羽目になった。
既に腕も上がらない。
辛うじて立っているだけ、という状態だ。
血を失いすぎている。
死にこそしないが、2つのうち、一つの魔術が途切れる。
途切れた魔術は、悪魔の行動を制限していたそれだ。
『そろそろくたばれ、魔術師!!』
悪魔が吼える。
押さえつけていた力が解かれたことで、今度は膨大な魔力が集まってきていた。
今度の魔術は――――あぁ、これは死ぬかもしれん。
このままでは間に合わないな。
悪魔の腕に集まった魔力が、魔術として形を為していく。
その腕に、矢が突き立った。
『がっ!』
魔術が霧散する。
「―――――――させない!」
既に、血を喪いすぎて霞む視界の中。
朔の、声が聞こえた。
いつの間に、弓を射たのだろうか。
眼を向けてみれば、足腰はまだ震えているし、手も震えている。
いつもの笑みではなく、悲壮感すら漂わせている。
顔色は悪く、涙と汗でぐちゃぐちゃだ。
――――それでも、立ち上がってくれたのだろう。
無理はするな、と言ってやりたい。
悪魔の眼が、朔を見た。
――――貴様は、殺す。
言葉こそないが、眼がそう語っている。
盾を構えた雪華と、近くにいたヴォルグをまとめて吹き飛ばしながら、開いていた片手を朔に向けた。
カバーは、間に合いそうにない。
彼女の射た矢が稼ぎ出したのは、ほんの僅かな時間でしかない。
だが、彼女の創り出した「ほんの僅かな時間」。
――――――――――――――そのおかげで、『間に合った』。
ここまで、ひたすら練り上げてきた魔術は主に三つ。
1つ。世界に開けた穴を塞ぐための魔術。こちらは既に完成したため、手放している。
2つ。マルファスの行動を抑え込むための結界。
これが先程霧散してしまった結界だ。
そして。
3つ。彼女の「上司」がここに駆けつけるための、経路と場の構築。
それが今――――――――実を結ぶ。
『―――――――――――――やぁ、よく頑張ったね、朔ちゃん』
凛、と涼やかな声が場に響いた。
同時に、ばさりとマントを翻して現れたのは―――――
「げっ、ルシファー...」
黎が嫌そうに呟いた。
――――――そう、魔界、そして冥界の主、その人だった。
『ああ、本当によく頑張った』
輝くような長い銀髪を後ろで纏め、貴族と見まがうような見事な衣装に身を包んだ、長身の男。
彼が現れた瞬間、がらりと空気が変わった。
『馬鹿な――――ルシファーが何故、地上に――――』
マルファスが、ここにきて初めて。
怯えたような声を出した。
怯えるマルファスに、ルシファーは「はん」と見下したような笑みを浮かべる。
『馬鹿はきみだよ、マルファス。君は真っ先にアデリーナちゃんを倒すべきだった。彼女が僕を此処に『召喚』したのさ』
「はあっ!?あでりー嬢が、ルシファー様を召喚!?」
少し離れた場所で、ヴォルグが目をひん剥いて驚いていた。
そりゃあ驚くだろう。
魔界の主は、「地上に出られない」のだから。
声に興味を示したのか、ルシファーがヴォルグの方を見た。
『君は―――あぁ、同朋か。こんにちは。…それにしても無茶をするよね。僕みたいなのが地上に出ることは本来不可能だ。だが―――』
―――彼女の手をもってすれば、それは決して不可能なんかじゃあ、ない。
有り得ない事態。
マルファスは、同じ悪魔であるからこそ、その異常に気付けてしまう。
『一体――――。一体なんなのだ、その女は!』
鴉の表情、なんてものがあるとすればだが。
マルファスは今、恐怖と驚愕に顔を歪めているに違いない。
『さぁ?僕に訊くなよ。それにきみさ、僕が一度滅ぼしたのに、まだ生きてたのかい?』
ふぁさ、と髪をかきあげ、気取った仕草でルシファーが言う。
『あの時言っただろう?』
――――――――――――――――目障りだから、消えろと。
散々猛威を振るったマルファスが、どうしようもなく小さくなって見えた。
悪魔が、それこそ跡形もなくなるほど念入りに滅ぼされたあと。
私は、大の字になって倒れていた。
流石に、今回は疲れた。
空を見上げている私の視界に、嫌味なほど美しい顔が映り込んだ。
にこにこと、彼は嬉しそうに笑っていた。
『やあ、アデリーナちゃん。お疲れ様。無茶するよね、きみも』
しゅた、と小さく手を挙げて、こんな状態なのに気さくにルシファーが言う。
「……やあ、ルシファー殿。呼び立ててすまなかったな」
『きみのお願いなら、僕はどこだって駆けつけるぜ?』
ぱちん、とウィンクを一つ。
相変わらず、この美形はいちいち憎いくらいにこういう動作が似合うものだ。
「どうだかな...けふっ。それで、朔の呪いは?」
『ばっちり解けたよ』
「そうか、それは、身体を張った甲斐があったというものだ」
『今回はありがとうね。僕も、部下の呪いは気にはしていたんだけど、手出しが出来なかったから』
「...そもそも...けふっ、貴殿の協力が無ければ、あんなもん倒せるはずがなかろうに」
『星の守護者様が言ってもなあ』
「まぁいい...そろそろ結界も解けるぞ」
『おっと、そりゃあ不味い。僕はこの辺で失礼するとしよう』
「では、またな」
『あぁ。またね。――――それと、お土産、美味しかったよ』
軽く手を振ると、ルシファーは溶けるように消えていった。
居城に戻ったのだろう。
「そりゃあ、よかった」
はあ、と血の匂いが混ざった溜息を吐く。
「あでりーはん!」
次に顔を覗き込んできたのは、朔だった。
印象が違うな、と思ったのは何故だろう、と思ったが、ああ。
「髪の色、戻ったな」
「――――!ええ、ええ!みんなの...おかげで...」
ぽろぽろと、涙がこぼれ落ちていく。
せっかく呪いが溶けたというのに、また泣いている。
「朔!あでりー嬢!」
遠くから、ヴォルグたちの声が聞こえた。
立ち上がるだけの余力は、無かった。
――――――あぁ、良かった。
最後に少しだけ笑って、私は意識を手放した。
「あの時、そんなことになっていたのですね」
それまで真剣な表情で話を聞いていた彼女が、ふわりと笑った。
「突然朔さんの髪の色が変わったので、驚いたのを覚えていますよ」
あと、ぼろ雑巾みたいになったあでりーさんが担ぎ込まれたのも、ね。
ルシファーの話を聞いて真似したくなったのか、彼女は不器用なウインクを投げてよこした。
―――誰がぼろ雑巾だ、誰が
「ほら、この写真みてくださいよ」
―――おい本当にぼろ雑巾じゃないか、私。
勘弁してくれよ、と笑えば。
彼女もつられるようにして、笑った。
「そういえば、あのあとヴォルグさんが荒れてませんでしたか?」
ああ、あれな。
――――――――――ルシファーに声を掛けてもらえたのに舞い上がっちゃって、サイン貰い損ねたらしいぞ。