8話 「契約書」

2019年09月16日






つい、と写真の上を撫でるように指を滑らせていた彼女が、ヴォルグの写真の上で指を止めて言った。


「そういえば、悪魔の人って、もう一人いましたよね」


もう一人?...あぁ、彼にくっついていたアレのことか?


「意外と自己主張が強くて、いつも宿主と喧嘩していましたねえ」


あれはあれで賑やかで良かったと思うがな。

それにしても、そう考えるとあの酒場、悪魔が二人もいたのか。


「天使は一人もいませんでしたねえ」


どちらかというと、死神だの悪魔だの、聖なるイメージの連中は居なかった気がするがな。


「私がいるじゃないですか。神樹ですよ?」


あー、はいはい。そうだったな。


「もう!さて...ええと、どのあたりでしたっけ?」












「んんん...?」


珍しいこともあるものだ。


普段、どちらかといえばテーブル席に腰掛け、皆の様子を呆れたような、楽しいような様子で眺めているカウが、珍しくカウンターに座り、唸っている。


その隣では、ヴォルグが何か、紙のようなものを指差しながら解説しているようだった。

珍しい、を通して、どういう取り合わせなのか。


お互い、カウンターの上には酒も置いておらず、紙とペンを広げているようだ。


「つまり...ん?こういう事か?」


「いや、そこの解釈はこうなる」


我ながら悪趣味な事だよなあ、と思いながらも、少し気になる。


「やあ、お二方。こちらに座っているのは珍しいな?」


私が声をかけると、ようやく彼らは顔を上げた。


「ああ、あでりー嬢か」


「ん、あでりーさんか。こんばんは」


「おや、ヴォルグ殿が眼鏡を掛けているとはまた新鮮だな?…それで、紙など広げて一体どうした?」


「ああ、カウ殿がな」

銀縁の細めな眼鏡を掛けたヴォルグが、カウを手で示した。

こうしていると学者然としているな、この男は。


「あーっと...なんだ、その。この町に留まる上で、ずっと宿暮らしもなんだから、部屋でも借りようと思ったんだが...」


「ずっと旅暮らしだったから、契約書の読み方が分からんようでな。専門家として助言していたのだ」


「専門家...?ああ、なるほど」


悪魔は、契約には忠実だものな。そりゃあ、契約書には詳しくもなるか。


「とはいえ、当たり前の事しか書いてはおらんようだし、問題はないと思うがな」


ケケケ、と。

嘲笑うような声が聞こえた。


「ん?あぁ、ラーヴァか」


「ダカラ言ッタダロウガ!俺カラ見テモ問題ネエッテナ!」

カウの尻尾のようにくっついている、炎の悪魔ことラーヴァだった。


「...ま、契約の専門家二人がそういうなら、まぁ、大丈夫なんだろうがな」

はあ、と溜息を吐き、ペンを置く。


「とはいえ、自分で理解できるに越したことはないだろう?」

ヴォルグが笑った。


「隣、失礼するぞ」


私は断ってカウの隣に腰掛ける。


そういえば、彼の過去というのは聞いたことがない。

村を焼かれ、ラーヴァと契約をしたという程度だろうか。


ラーヴァがちょっかいを掛けてくるのを、片手で押し返しつつ、問うてみた。

ほんのり熱い。


「カウ殿はラーヴァと契約しているのだよな?」


「オウ!俺ガ目ェツケタンダゼ!」


「お陰で村は焼かれるわ、契約を迫られるわ、右目も焼かれるわで散々な目に遭った」


ほんのり熱い。


疫病神め、と。

ぼやきながらラーヴァの頭を思しき場所を軽く叩く。


「ラーヴァは何故、そこまでしてカウ殿に契約を持ち掛けたんだ?」


答えたのは、ラーヴァだった。


「アァ?ソリャアオメェ...」


しかし、そこで詰まる。


「アー、ナンダ。ソウイウ話ハ...マ、ソノウチナ!」


「何だ、誤魔化すのか?」


ヴォルグがにやにやと、厭な笑みを浮かべてラーヴァを揶揄う。


「ソノウチダ、ソノウチ」


ラーヴァはけたけたと笑った。


カウに目をやるも、彼は彼で何か考え込んでいる様子で。


「うーん。まぁ、俺も契約させられた理由なんかは良く分かってないんだ。コイツが口を割った時は、ま、皆にも聞いてもらうとするよ」


苦笑いしてカウが言った。







「そういや、ヴォルグさんに聞きたかったんだが」


「何だ?......おいティポ。キールを頼む」


「あ、俺はエールを」


「私はウィスキー。銘柄はお任せで」


はーい、と厨房から返事が返ってきた。

暫くして、三人の前には注文したアルコールが並んでいた。


「ま、話を聞かせてもらう側だし、今日は二人とも俺が奢るよ」


「ほう、殊勝な心掛けではないか。有難くいただくとする」


「ん?私も良いのか?」


「あでりーさんには、前払いだと思ってほしいかな」


「分かった分かった、飲んだ分ぐらいは話を聞いてやる」


「んじゃ、乾杯」


オレノブンハ!?と騒ぐラーヴァに「飲ませれば話すのか?」とカウが問いかけたことで、ラーヴァは沈黙。

悪魔を軽く放置した3人は、グラスを軽くぶつけ合わせた。


「それで?何が聞きたいのだ」

くい、と軽くグラスを呷り、唇を湿らせたヴォルグが問う。


「悪魔の契約ってどういうものなんだ?俺はラーヴァとの一方的な契約しかしたことが無いから、良く分かってないんだが」


「成程。我々の契約か」


そうだな、とヴォルグは呟く。


「我々、悪魔は基本的には契約に縛られる、というのは知っているな?」


ああ、とカウは頷く。

その片目が、ちらりとラーヴァを見た。


「悪魔というのは基本的に契約に誠実なのだ。契約に背く行動はできん」


「へえ、意外だな。悪魔の契約書...なんて言うぐらいだし」


「悪魔の契約書、と言われるのはな、契約内容自体が「不可能なもの」を指すのだ」


くつくつ、と喉を鳴らし、ヴォルグが語る。


「例えば、「億万長者にしてくれ」という願いがあったとしよう。それに対して、我々悪魔が持ちかける提案はこうだ」


――――「西から日が昇ったら」お前を「億万長者」にしてやろう。


とな。


「つまりは、実現するはずのない事象を引き合いに出し、かなうはずのない条件を設定してやる。もし、それが実現したなら、悪魔は万難を排してでも億万長者にするために動くぞ?」


誠実だろう?と彼は語る。


「うへえ、それじゃあ、悪魔の契約書...てのは」


「成程?その条件を極めて目につきにくくする、或いは「実現できそう」と思わせると」


「その通りだ。だからこそ、契約書というのはきちんと読めなくてはならんのだ」


――――幸いにして、そこの悪魔は、そんな無茶はしなかったようだがな?


牙を見せるように、悪魔は笑った。




「うええ…もう一度契約書読み返すか…。残りの眼も焼かれちゃたまらないぞ」

嫌そうな顔をして、また契約書を取り出し始めたカウをみて、我々二人は笑うのだった




星の観測者 あでりー
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