12話 「東方湯殿噺」(前編)
あの酒場での恐ろしい出来事から一週間後の、朝。
我々は無事に、温泉宿のある極東の山村。その外れに到着していた。
が。しかし。
「―――――死ぬ。しんどい。横にならせてくれ」
ぜえぜえ、と肩で息をするを通り越し。
横倒しになって身動きが取れなくなった、打ち上げられた魚のような状態になった占い師の姿がそこにあった。
白いローブを着ているため、恐らく傍目からは大きな雑巾かベッドシーツが何故か落ちているように見えるのではなかろうか。
「こんな無様、認められるか」と理性は叫ぶが、一方で体の方は「いいからもう寝ろ」とばかりに起き上がろうとしてくれない。
とにかく呼吸がきつい。このまま死ぬのではなかろうか、私。
よくよく考えずとも無茶苦茶をやっていると思う。
自分だけの転移であれば負担など無いに等しいが、それは霊脈と言うある種の溶鉱炉のようなところに生身で飛び込んでも問題なく活動できる体質だから負担がないというだけの話であって。
この人数を厳重に保護し、霊脈に取り込んで、転移先に移動させる。
下手すればルシファーを召喚した以上の無茶苦茶ではなかろうか。
下手すれば死ぬぞ、私が。
死んでも三日ほどあれば蘇るのだが、それでもこういう辛さというのは慣れるものではない。むしろ外傷を負うよりきついのではなかろうか。
受け身も何もなくそのまま地面に転がるように横たわり、ぜえぜえと死にそうな呼吸を繰り返す私に、ふと、影が差した。
「あ、あでりーはん?大丈夫なんかえ...?」
全ての元凶となった、雪華だった。
大丈夫も何も、この通りだが、と返してやりたい気持ちをぐっと抑え込む。
それ以上に今言いたいのは。
「も......しんど.........無理.........」
声を出すのでさえ辛い。
何と言えばいいのだろうか。
魔力による強化すらなく、ひたすら生身で走らされたかのような息の切れ方をしている。
「うちが気軽に依頼したばっかりに、ほんにすまんなぁ」
「気に......な...でも......帰り......」
あ。
と、皆が何か不都合な真実に気づいてしまったような顔をした。
「うわ...まじか。あでりーがこんなに疲弊してるのなんて初めて見るぞ」
黎が、何か気の毒な生物でも見るかのような目を私に向けていた。
わざわざ屈んでのぞき込んでくる。
きつい。
兎にも角にも、ただひたすら呼吸が定まらない。
「黎殿......少しぐらい...手伝ってくれても......ないか......」
「悪い、俺が運べるのは魂だけなんだな...生身の人間なんて運んだら、それこそ冥界送りになるぞ」
「ひえぇ、おっとろしいわぁ」
と、朔がけたけたと笑っているのが聞こえた。
その後。
あまりにも動けなかった私を見たロンの手によって米俵のように担がれた私は、あまりにも悲しい姿で移動することとなった。
遠目から見れば、布団か何かを担ぐ褐色の男性という、訳の分からない状況になっていた。
せめて身体の前で抱いてくれないだろうか、とは思うものの、正直それどころではない。
くすくす、と笑うエイミーナがロンの隣を歩いていて、ぐったりしている私の頬を楽しそうに、むにむにとつついていた。
おおー!
村に踏み込むと、一同から歓声が上がる。
改めて、私と言う雑巾だか布団だかシーツだかから意識が離れた酒場の面々は、極東の独特なエキゾチックな雰囲気をすっかり楽しんでいるようだ。
楽しそうに、興味深そうに。
雪華、ポノ、朔などの極東出身の連中の興奮度はうなぎ登りで、朔などはちょっと目の端に光るものを湛えているほどだった。
そして、特にポノのテンションがおかしい。
そりゃあ、随分と帰っていなかっただろうから、気持ちは分からなくもないが。
両こぶしを天に突き上げ、「帰って来たあああああああああああああああ!」と大声で叫んでいる。
小さい体を一杯に使って、喜びを全力で表現する様子が微笑ましい。
道行く野仕事をしていた老婆が、びくっとしてポノを見ていた。
すまない。本当にうちの連中が申し訳ない。
害は無いから放置してあげてくれ。
そう思っていたところ、その老婆はにこにこしてポノに話しかけると、なにやら見た目が幼い連中を中心にお菓子を配り出した。
しかし、「いつも酒場にたまっている連中」というと荒くれのようなイメージになりがちだが、うちの連中は基本的に善人ばかりだ。
素直に受け取ってお礼を言う姿は微笑ましい。
こういうところが保護者目線、と言われるのだろうが。
しかし雪華よりはマシだろう。
彼女は帰郷のため、上がりに上がった高揚感がおかしな方向に振り切れてしまったのか、お礼を言えた子らの頭を撫で繰り回しているからな。
それこそ、黎や緑のたぬきさんまで撫でられている。
もはや言っても聞かないだろうことは皆わかり切っているため、黎でさえ撫でられるがままになっているのが、どうにもおかしかった。
この一行は本当にゆっくり温泉宿で落ち着くことが出来るのだろうか。
不安になる。
...え?私にも?
ご厚意、ありがたく頂戴しよう。
丸めた布団のような状態の私に、少し顔を引きつらせつつも、老婆はお菓子をくれた。
おい、誰だ今、日干しあでりーとか言ったやつ。
帰りにひとりだけここに置いていってやるからな。覚悟しておけよ。
そう言いたいが、本当にそれどころではないのであった。
きゃっきゃと楽しそうに。
貰った菓子に舌鼓を打ち、あれはなんだろう?これはなんだろう?と楽し気にしている女性陣。
その一方で。
男性陣は男性陣で、きょろきょろしては感嘆の声を上げている。
蜜柑やコハクなどは、天真爛漫に駆け回るディーテと一緒になって楽しんでいるあたり、完全に異国情緒を満喫している。
大人の男、という印象の強いロンでさえ、私を担いでいるためあまり走り回るような真似こそしないが、「ほう!」「これはこれは!」「モッゴスとも趣が違ってよいな」などと、感嘆の声を上げて頷いている。
彼の大きめなリアクションは、傍から見ている分には良いのだが、こうして担がれているとそのたびにがくがくと揺れるので少し酔いそうになった。
さて、こちらは好奇心や探検心が刺激されているのか、あのヴォルグが、一生懸命澄ました顔を取り繕っている。
しかし、彼の視線はあちらこちらへ好奇心のまま移動しており、そのためか、時折躓きそうになるなど、足取りが一定しない。
珍しいこともあるものだ。
それを祟に指摘されると、少し顔を赤らめながら咳ばらいをして言う。
「科学者というのは、好奇心がなければ務まらんのだよ」
と。
その少し赤らんだ頬を、容赦のない緑のたぬきさんに指摘され、頭を抱えてのけぞる辺りはいつも通りだな。
最も意外だったのは、黎だ。
やれやれ、と溜息を吐きながら、ゆっくりと後ろを歩いている。
そういえばこの死神、忘れがちではあるものの、仕事で世界中を回っているのだった。
いつもは揶揄われる側の黎が、珍しくヴォルグへと反撃しているのを珍しいなと思いつつ、私はぼんやりと運ばれるのだった。
遠目に見えていた旅館にたどり着くまでに結構な時間を食っていた。
特に、温泉街だからだろうか。
食事や菓子類を扱う店舗が立ち並んでおり、我々は若干一名ほど何も口にできないお布団を除いて満喫してから宿へ向かうことになった。
その際、やたら食うメンバーが次々に頼みまくるため、引率者が青ざめるような金額をはじき出したことは余談である。
「ようこそいらっしゃいました。藤原様御一行様でございますね」
ようやくたどり着いた我々を出迎えたのは、旅館の女将だった。
ヴォルグが支配人か?と呟くと、雪華が答える。
「女将ちゅうんは、支配人よりも上の立場やね。総支配人みたいなもんと考えとけばええで」
そうだったのか。
私は極東にはあまり来たことがなかったため、一つ勉強になった。
とはいえ、それを表に出すような真似はしない。
というか、本当にもうそれどころじゃないのだ。うん。
何度も何度も申し訳ないが。今の私はお布団かなにか。
もうそれでいい。
それにしても肝が据わっている、というか。
我々のような、この国の人間からすれば珍しい連中を前にしても、まるで動じていない。
なるほど、これが女将か。
そして、女将は私に気が付くと、深々と一礼した。
「アデリーナ様、先日はわざわざご予約のためにお越しくださいまして、ありがとうございました」
どうやら私の事を覚えていたらしい。
まぁ、エドルからここ極東までは、それこそ片道で2か月半も掛かるほどに遠い。
普通に手紙を送っても、手紙で予約をして、受理の手紙が届いて...等と言う悠長な事をしていたらあっという間に7か月半が経過するという事態だったため、雪華の祖父...藤原千方殿からの手紙を私が届けに行ったのだ。
超速占い師便である。
その時はいつも通り、というか。消耗する要素が無かったので、普通に言葉を交わして予約を依頼したのだが。
今の私を見てもまるで顔色を変えない辺り、ある種の猛者なのではなかろうか。
女将と言う者は。
さて、女将の先導のもと、部屋まで案内された一行。
畳敷きの客室に大はしゃぎしたのち、大の字になったり、ごろごろと転がってみたり、縁側にでて日光浴をするなどして身体を休めていた。
なお、当然の事ながら男部屋と女部屋で分かれている。
別れ際に、あれ?という顔をした悪魔の事は見なかったことにする。
あの男、まさか幼馴染だからって同じ部屋になるとでも思っていたのではなかろうな。
皆が皆、のんびりと転がっては話に花を咲かせている。
机の上に置いてあったお菓子が美味しかったのか、ディーテとポノが熱心に美味しさについて議論しているのが微笑ましい。
確かに、この国の菓子類というのは独特な発展を遂げていると思う。
過去に作り方を習ったものの、「和菓子」というのか。
こればかりは今一つ味の再現が難しいのだ。
折角ここまで来たのだし、よく味わってから帰ることにしようと決意するも、まずはその前に身体を復調させないとお話にならない。
ちなみに、私は部屋の隅にでも転がされるのかと思ったら、普通に女将が布団をさっと敷いてくれたので、一人だけ布団で横になっている状態である。
お布団がお布団にはいってるー!とポノが笑っていた。
ふと窓...というか、障子というらしい紙でできたスライドドアの向こうにいるユグドラシルが気になった。
日光浴してきますねーと言って外に出たはいいが、その後全くと言っていいほど動きが無い。
そのまま寝ているのだろうか。
ユグドラシルが日当たりのいい場所に根を張りかけていたことが発覚したのは、夕方になってからだった。
それから暫く経った頃。
「さーて、そろそろ皆はんも温泉入りたくないかのぉ?」
ようやく私がもそもそと起き出した頃。
雪華が、いそいそと「浴衣」という衣装を取り出しながら皆に呼びかけた。
風呂上りには浴衣を着るというのが温泉宿の仕来りであるらしい。
え?あんな薄い布一枚で出歩くの?という顔を皆がしていたが、郷に入りては郷に従え、と雪華は言う。
「ガウンみたいなもんや!」
特に、我々のような異国人は、ぜひそうすべきなのだと拳を握って力説する雪華。
ついでに、祟も乗っかってきたため、収集が付かなくなりつつあった。
ふう、と溜息を一つ。
私はさっさと浴衣を受け取ることにした。
だって、きっと彼女たちはわざわざ、私が起きるのを待っていてくれたのだし、な。
連れ立った一同は、温泉にやってきた。
当然のごとく、女湯と男湯で分かれているため、男性陣とは入り口で別れる。
脱衣所に足を踏み入れると、棚に籠が並んでいた。
どうやらここに、脱いだ衣服を入れておけという事らしい。
雪華から簡単に温泉の作法を習うと、私たちは服を脱ぎ始める。
それにしても、相変わらずこのローブは脱ぎにくい。
気に入っているのは良いが、とにかく装飾品やら部品が多く、着るにも脱ぐにも苦労する。
私が服を脱ぐのに手間取っているうちに、さっさと脱ぎ捨てたポノやディーテは元気よく風呂場へと突撃していった。
服を脱ごうともそもそやっていて、あぁようやく脱げた...と。
下着姿になって一息ついた瞬間、素っ頓狂な声が上がった。
「細っそ!?」
声の出所は、隣でいそいそと服を脱いでいた雪華からであった。
そういえば、フードを外した彼女を見るのは久しぶりだな、と見当違いな感想を抱く。
「んお?...どうした?」
思わずびっくりした顔をしてしまった。
しかしそれ以上にびっくりしていたのは、雪華だった。
「え...なにこれ。え?折れへんのこれで?」
「何の話をしているのだ」
「腰や!なんやこの細さは!」
真顔で答えられた。
「そんなに細いか?」
思わずきょとんと首をかしげてしまう。
かれこれ数千年ほど付き合ってきた身体だ。
今更何かを感じるような感性は残念ながらとうの昔に置いてきてしまった。
はえー、とまじまじ見つめられる。
取り立てて恥ずかしい、とは思わないが。
しかし見つめられると少々困ってしまう。
ふと、自分の身体を見下ろすと、胸の傷が目に付いた。
そういえば、胸の傷だけは治らなかったな、と思う。
皆が少し、痛ましいものを見る眼で私の傷跡を見ていた。
まぁ、人生の最後に負った傷だ。ある意味で同情されるのは仕方ないことだとは思っていたが。
しかし、その目は『同情』のそれではなく。
この酒場の連中は、まったく。
本当にもう。
善人が過ぎるぞ、と思う。
「...取り立てて気にしてないからな?」
一応、言っておく。
そこにエイミーナがすすす、と寄ってきて、ぺたぺたと胸の傷に指を這わせた。
見えていないはずなのに、迷いのない動きだった。
触ってもさして面白い物でもないだろうに。
「アミ嬢?」
彼女は、無言だった。
雪華の指導の賜物か。
いきなり湯船に飛び込む不作法者はおらず、しっかりと身体を洗ってから思い思いに湯に身体を沈めていく。
普段はシャワーで済ませている私だが、いざ湯に浸かると、まるで日頃の疲れが湯に溶けだしていくようで、はふぅと声が出てしまう。
ふと、聞いてみたくなった。
「そういえばポノ殿は、この国にいた頃は温泉などはよく入っていたのか?」
「え?わたしですかー」
「うむ。東洋は温泉が多いだろう?だから、なんとなくそんなイメージがあってな」
あー、確かにあっちこっちにありますよね、温泉。
彼女はにこにこと笑う。
「そういえばポノちゃんの昔の話って聞いたことが無かったんやない?」
いつの間にか。
そう、いつの間にか、トレイに徳利を載せ、温泉に浸かりながら一杯やっていた雪華が笑って言った。
「生い立ち...生い立ちかぁ〜。むむむ」
ポノが頭を抱えだす。
確かに、いきなり生い立ちを聞かれても淀みなく答えられる者は、案外少ないのではないだろうか。
ちらり、と雪華へと目をやる。
それにしても、風流なことだ。
温泉に、酒。
「...おい、雪華殿」
私はすすす、と、お湯に波を立てないように近づいていく。
「あでりーはんの分もちゃんと用意してあるからの」
けらけら、と笑いながら、ひょいと小さなグラス――御猪口、と言うらしい――を手渡される。
「助かる」
さて、では。
鬼の少女の昔語りを魚に。
温泉で一杯、というのもまた、風情があるというものだろう。
んむむむ...と、頭を抱えていたポノが、覚悟を決めたように顔を上げた。
「ぐふふっ、昔話みたいになっちゃいますけどいいですかね?人の子からしたら昔々の...無力で何も成せなかった鬼の話です」
よいしょ、と湯船から上がり、縁に腰掛けて、彼女は楽しそうに昔話を始めた。
おや、中々良い語り出しじゃないか。
「まだ少女と呼べる歳だった頃の私はなんでも1番になりたがったんです。
鬼としての本能なのか...それとも、ただ私の性格なのかはわかりません」
「物心ついた時から森で暮らしていて、毎日のように動物達と足の速さを競ったり、森の精霊達と大声対決、泉の精霊とは泳ぎの対決なんてこともしてましたね」
随分な負けず嫌いだ。
今の彼女からはなかなか想像がつかない姿に、皆は楽し気に耳を傾ける。
勝負の結果はどうだったの?
誰かが問いかけた。
―――勝負の結果ですか?勝てないことなんてないですよ、勝つまでやるんですから!
彼女は笑う。楽しそうに。
「そんなことを続けいるうちに自分がどれくらい強いのかが気になり始めたんです。戦闘においても1番を求めたんですね、我ながら若かったです」
彼女は、ぱちゃぱちゃと足で湯と戯れる。
「そんな矢先、近くの村にめちゃ強い人間が住んでるって噂を聞いたんです!」
「そんな話聞いたら、いてもたってもいられなくて早速その村まで走って行きましたよ!」
「その道中で自分の3倍の大きさはあるであろう魔物を一撃で仕留めている人間を見つけたんです!」
そんなの見せつけられたらもうこの人だ!って早速後ろから奇襲をかけましたよ。
奇襲を。
余りにも自然に語られたその一言に、皆がぽかんと口を開ける。
ぐふふっ、と。
彼女は笑う。
「後はお察しのとおり、当時の私は魔法も使えず、戦闘も我流だったので案の定、手も足も出ずにボッコボッコにされましたね」
「気がついた時は知らない家の布団で寝てました。「おー、起きたか!」って、さっきの男が割烹着姿で声をかけてくるんですよ、どんな反応すればよかったんですかね!」
動揺に気がつかれたくなくて、なんで私を連れてきたの?なんてありきたりな質問しました。
すると彼は「面白そうだから!」 だって!答えになってないですよね!
「少し間が空いて、私の不服そうな顔を見て察したんでしょうね、弟子にちょうどいいと思って連れ帰った!どうせなら元気のあるやつがいいからな!ってめちゃ笑ってました」
「また随分豪快な男やのぉ...」
雪華が苦笑した。
「そこからは彼との同居生活開始です、隙をついて奇襲をかけてボコボコにされて、それが悔しくて鍛錬して襲ってまたボコボコにされて」
「どうしても勝ちたくて森の精霊に魔法を教わったこともありました...付け焼き刃だったので魔法を魔法でカウンターされてまたボコボコですよ!」
ぼこぼこですよ、ぼこぼこ!
と、身振り手振りで伝えてくる
「負けすぎて、もう悔しすぎて。どうしても勝ちたくて、プライド捨てて彼に魔法を教わることにしました。私は非力だったので、物理ではなく安易に魔法一択です。」
「ほえー、それで魔導士やってはるんですなぁ」
朔が感心したように言った。
「その日から、彼は私の師匠になりました」
そこくらいからかなぁ、お互いのこと話したり仲良くなり始めたのは。
「人里に降りてから経験した楽しいことは全部師匠が教えてくれたんです!」
―――金魚すくいの楽しさ、茶碗蒸しの美味しさ。
師匠の兄弟子がウパだってことも。
「え、ウパ?あのウパさんです?」
ディーテ嬢が驚いたように言う。
「ですよね!これにはめちゃ笑いました!」
からから、と楽しそうに語るポノ。
「師匠は自分の特異体質についても話してくれました。人に害をなすもの、よくないものを引きつけてしまう体質なんだーって」
―――確かに。一緒に暮らし始めてから村の外で魔物に遭遇する頻度は異常でした。
「今思えば、村に入る前に師匠が魔物を追い払っていたからみんな普通に生活ができていたんだと思います」
「いつものように修行していると、「お前に鬼を屠るための魔法を教えてやろう」なんて師匠が言い出しました」
唐突な言葉に耳を疑いました。
―――鬼の私にそれ教えます!?普通!
強いし便利だし、やっぱり面白そうだから!って返事が返ってきました。
紅色で見たことのない魔法陣、綺麗でしたけどね...。
「それから何十年も時が経って。師匠はヨボヨボのおじいちゃんになっちゃいました」
「...私は見ての通りこのままですよ。人と鬼じゃ流れる時間も全然違ったんです。そんな、当たり前の現実から目を背けたくて。二人とも、くだらないことでよく笑いました」
そしてある朝、師匠は冷たくなっていました。
「何回呼んでも起きないし、何回肩を揺すっても起きませんでした」
「よくないものを引きつけてしまう体質のせいで村の人からも煙たがられていたし、1人で師匠を見送ろうって決めてました」
「この国では火葬という手段を取っていて、亡くなった方は燃やして骨にして埋める風習があるんですよ」
パチパチと骨から水分が飛ぶ音。
人が燃える匂い。
炎と煙の色。
今でも鮮明に思い出せます。
「涙は出なかったです!ただ目の前の炎を見つめて一緒に過ごした記憶を頭の中でずっとループしてました。お気に入りの音楽を何回も聴くみたいに」
「本当は嫌だったんですけど、生前師匠が「逃げてるみたいで嫌だから俺の骨はこの村に埋めてくれ」なんて言ってたので村にお墓を作ったんです」
―――師匠もまさか亡くなってまでよくないものを引きつけるなんて思ってもなかったんでしょうね。
「毎日のように村の周りで私は師匠のお墓を守るために魔物と戦い続けました」
もちろん村への侵入は許してませんよ!
拳を握った彼女は言う。
「だけど、村の人たちは認めてくれなかった。私が村を出ている間にお墓が荒らされて骨までなくなってたんです。後ろの方から喜びの声、笑い声が聞こえてきました」
当然といえば当然なんですけど、ね。
でも、当時の私は村の人たちを許すことができなかった。
墨が水に溶け込むように感情が黒く染まっていくのが分かりました。
―――もう、どうにでもなれ、師匠を嘲笑ったやつも、何も知らずにのうのうと生きている奴らも私たちを受け入れないこの世界も壊れちゃえばいいんだ!
「そう思った時には師匠が守り抜いてきた、育った村を私は火の海に変えていました」
―――師匠が引きつけた本当のよくないものは私自身だったんです。
そう、
まるで自嘲するように、語る。
「止まる気はなかったです。近くの村も街も王都も燃やして、壊して歩きました。国から討伐対象に任命されるまでは」
荒ぶる神、そのものだったのだと、彼女は言う。
「顔も知らない人たちが私の命を奪いにくる。自分がしてきたことに対して当然の罰ですね。罰を受ける気もなかったですけど」
「何人の冒険者を返り討ちにしたか覚えきれなくなった頃、軍勢を引き連れた1人の...いえ、1匹のウパが現れたんです」
―――お前が噂の鬼か!お前の師匠に頼まれてる!
「今日からお前の面倒は私が見る!なんてこと言ってたかなぁ」
ウパのくせに何を言ってるんだ...焼き払って黙らせてやるって詠唱始めた瞬間、50尺はあった距離を一瞬で詰められたんです。
「もう懐で抜刀の構えですよ」
今思ったら早すぎて笑います!ぐふふ
「まずいっ!と思った時にはもう右腕が宙を舞ってました。私が詠唱を再開する前にそのウパはもう詠唱を終えようとしてました。私の、私たちの。よく知る詠唱...」
「そして腕が地面に落ちる時には、紅色の見慣れた魔法陣に囲まれてました」
やっぱり、綺麗でしたね...
遠い思い出の色を懐かしむような目をして。
彼女は語る。
悲壮感はなく、ただ、美しい思い出を。
―――私の体は再生を止め、パラパラと崩壊を始めました。
「負けるのはやっぱり悔しかったですけど、なんだか師匠にまた会えたみたいで、なんだろうなぁ、凄い優しい気持ちになれたんです。」
少し嬉しそうな、しかし、少し泣いてしまいそうな顔で彼女は笑った。
私は地獄行きかなぁなんて思いながらそこで意識が途切れました。
「目がさめると見知らぬ部屋のベッドで寝てました。腕もついてました」
―――おー、起きたか!
そんな声をかけられました。
「あ、もちろん師匠じゃなかったですよ?私を切り飛ばしたウパがエプロンつけて声かけてきたんです」
...なんだか、涙が止まらなくなってそこからはずっと泣いてた気がします。
―――そこからも色々あって酒場の方に顔出すんですけど、あまり昔の話するとウパキングに怒られますので、このへんで!
彼女は、いつも通りの朗らかな笑顔を浮かべた。
――――――――――――そして、ふと気付くと。
たぬき汁は...と譫言を言いながらぷかぷか浮かんでいる、すっかり茹で上がったたぬきと、すっかりのぼせ上ったディーテを始めとした数名が、死屍累々となって倒れていた。
「あかんやんけ!!ポ、ポノちゃん!ええ話聞かせてくれてありがとな!おいのぼせてる子ら引き上げるで!」
先程まで、小さく涙を流していた雪華が、涙も吹っ飛んだのか慌てて浴槽からティポを引き上げ、脱衣所へと搬送していく。
その他の面々も、はたと我に返ると、慌てて倒れている面々を拾い上げ、担いで連れて行った。
運ぶほどの力が無いメンバーたちも、心配そうにその後を追っていった。
ばたばたと、一斉に出ていく面々。
取り残された私と、今回の語り部を務めたポノの二人は。
顔を見合わせて、笑ったのだった。
温泉から上がったのち。
部屋へと緊急搬送されていく茹で上がった面々を見送り、比較的無事と言っていい状態の私、ポノ、エイミーナの3名で館内を散策することにした。
私は入館時にはほぼ生ける屍だったため、物珍しさについついきょろきょろしていると、ふと張り紙を見つけた。
『―――館内1階ロビーで、縁日開催中』
「おおっ?縁日なんてやってるんですね!行きましょう!!」
ポノは、私とエイミーナの手を取ると、そのまま駆け出した。
小走りに走りながら、振り返った彼女は言う。
いつも通りの、朗らかな笑みに乗せて。
―――金魚すくいの楽しさ、わたしが教えてあげますから!