13話 「東方神樹対談」

2019年09月16日






「そういえば、あでりーさんの星の魔術で連れて行ってもらったんでしたね、極東には」


ぱらぱら、と。

アルバムを捲る指をとめて、彼女が言った。


―――そうだぞ。おかげで行きも帰りも死にかけたが。


「あはは、白いお布団、でしたっけ」


―――まさかあんな担がれ方をするとは、驚いたぞ、あの時は。


あははは、と彼女は笑う。

本当に、彼女も随分と人間らしくなったものだ。


「そもそも、『星の力』を扱うために生まれてきたわたしたちのような原生種以外で、人間さんが星の力を宿したと知った時のほうが顎が外れちゃいそうでしたよ?」


そういえば、私が暴れていた時に見ていたのだったか?


「そうなのです。南方の神樹が一本、あでりーさんに吹き飛ばされてしまいました」


悪いとは思うが...それは例の神様に言ってくれ。保証対象外というやつだ。


「邪神さん、というやつですね」


―――うむ。星の観測者を名乗った邪神さんだな。


「当時の私も、その邪神さんの暴れっぷりは見ていましたよ」


...一体あのかみさまはどれだけ暴れまくったんだ。


「すんごかったです。世界が吹き飛びかけて、セイバが...あぁ、南方の神樹の名前がセイバだったのですが...彼が死ぬ気で世界の再構築をしまして」


...もしかして私が思っていたより大変な実態だったのではないか、それは


「そうですよ。大変だったのですからね?もうやったらめっ、ですよ」

ふんす、と鼻息も荒く、彼女が得意げな顔をする。


―――しかし、大変な事態と言えば、あの事件を思い出すな?ん?


「うっ......そ、それを出すのはずるくないですか、あでりーさん!」


いやいや、そんなことはないぞ?まさか後世にあんな風に書かれるだなんてなぁ...


「ひぅぅ...」

顔を赤くしてしょんぼり、と縮こまる彼女。


はっはっは、神樹があんな事件を起こすのだから、世界は分からんものだよなぁ


「もう、あまりお姉さんをからかっちゃだめですよ!」


彼女はぷりぷりと怒ると、一枚の写真を指差した。

「扶桑が写っていますね、ここ」


そういえば、彼と初めて出会ったのも、あの旅行の時だったか。















その後。

一晩で浴衣に適応した面々は、翌日、旅館で朝食を摂ることにした。


朝食を摂るべく部屋を出た我々は、一晩気絶されたまま放置されたらしい悪魔を回収しようとしているコハクの姿を見ることになったのだが、下手人である雪華は我関せずとばかりにさらりと放置を決め込んだらしい。


というか、男性陣も朝まで放置したのか。



朝食に舌鼓を打ったのち、我々は外湯めぐりに繰り出す事にした。

その頃には、朝食を食べ損ねたヴォルグも意識を取り戻したらしく、腹が減ったとぼやきつつも素直に付いてきている。


「流石は温泉地やなー。そこかしこに温泉が流れとるわ」


雪華が楽しそうに言うと、ディーテが大きく口を開けて、感嘆したように言う。


「ほわー!これ全部温泉なのですか!」


すごいのですー!と、可愛らしい尻尾がばたばたと動いているのが分かる。

浴衣からは尻尾が出せなかったのか、腰の辺りがもぞもぞと動いているあたり相当興奮しているのだろう。


たたた、と軽やかに走っていくと、目を真ん丸にして流れるお湯をのぞき込む。


「わふ、湯気がでてます!」


楽しそうに、顔を上げると、キラキラした目をこちらへ向けてくる。


「あら、本当ですね。川かと思っていたのですが」


興味を覚えたらしいアルベリーナがディーテの元へと歩み寄ると、楽しそうなディーテにつられてか一緒にのぞき込んでいる。


「これ後ろから押したら殺されるっすかね俺」


珍しく頭にかぼちゃを載せていないコハクが呟く。

うずうず、と。

「押したい」という感情が見事なまでに全身から発散されていた。


ついでに、澄ました顔をしているエイミーナも、コハクと似たような気配を出している。

そのあたり、猫っぽいと言えばいいのだろうか。


「やめときはったほうがええんとちゃいます?」


怒られますえ?と笑う朔。

呪いが解けたことですっかり黒髪に戻っている彼女は、浴衣が実に良く似合っている。


「へえ、これが全部温泉なのか...」


つられたようにふらふらと黎が近づいていく。


「おい黎殿、今行くと―――」


「おっしゃ黎ちゃん俺と一緒に温泉に浸かろうぜえええええ!」


遅かった。


水面を覗き込む黎の元へと、悪魔のような笑みを浮かべたかぼちゃ男が走っていく。

どぼん、と大きなものが水に落ちるような音が、二つ響いた。

あちゃー、と額に手をやる引率者組。


「え、いいの?」みたいな顔をしてこちらを見た祟の顔が、印象的だった。









団子屋の外に置かれたベンチで、団子とお茶を楽しむ我々を他所に、外湯へ行く前に、すっかり温泉を満喫する羽目になった黎と、下手人が正座していた。


何故黎まで一緒になって正座しているのかは、いまいち良く分からないが。


「俺は被害者じゃないのか!?」


と騒いでいた黎だが、「コハクはんがいるんだからどうなるか分かるやろ?」と雪華に言われてはぐうの音もでないようで、悲し気な面持ちで正座させられている。


ディーテが黎の口元に団子を差し出しているので、それで我慢してほしい。


一方のコハクは「黎ちゃん役得じゃねえか!」等と言いながらいつも通りへらへらと笑っており、何を考えているか読めない。

しかし、恐らく次もろくなことをしないに違いないという事だけは良く分かる。


多分、次の犠牲者はヴォルグだ。

未来を視るまでもない。



「ふむ!この「みたらし」というのか?甘辛く、不思議な味わいだな!」


ロンがそんなことを言いながら、大量に積み上げられた団子をひょいひょいと平らげていく。

団子が積み上げられた大皿の反対側に座るのはポノで、こちらも「んー!おいしー!」などと言いながら、ハイペースで消費している。


見ているだけで胃もたれがしそうだ。


朝食後間もないため、一本食べただけで満足してしまった私は、団子を片手にぼんやりと皆を眺めていた。

皆、非日常を随分と満喫しているようで、私の頬も緩む。


蜜柑は先程から皆の様子を写真に収めることに余念が無いらしく、「アングルが...」「人数が多いからここは引きで...」などと呟きつつ、がしゃがしゃと撮影に精を出していた。


だんだん写真家のようなことを言いだしているが、本職は運び屋だったよな?


ふと、隣に気配を感じて首を回すと、にんまりと微笑んだエイミーナが、私の団子にかぶりついたところだった。


「あら?ばれちゃったわ?」


むぐむぐ、と咀嚼しつつ、すまし顔でそんな事をいうエイミーナ。

あの深夜の語らいから、彼女も随分と心を開いてくれたようで、思い出したように悪戯っ子の側面を見せてくれるようになっている。


こら、と言いつつ、私は苦笑した。







しばらく、お茶を楽しみながらのんびりしていると、見知らぬ男が近づいてきた。


鮮やかな緑色をした長髪を耳にかけた、背の高い男性だ。

その男が、どこか胡散臭い笑顔で私たちに手を振って言った。


「やあ、お嬢さん方。こんにちは」


「...ん?私たちか?」


思わず怪訝な顔をして問うも、旅先で声を掛けられるというのは―――


「あん?ナンパなら他所でやってーな」


やはりそれを考えるか。

楽しい旅行に水を差されて不機嫌そうにする雪華。


「なんぱ、って何なのです?」


「ディーテちゃんは知らなくてもいいからね!」


「コハクが言っても説得力がないな」


「俺はマリー一筋なんですけど!?」


男の事をそっちのけで盛り上がってしまう面々。


そんな中、唯一彼に反応する者がいた。


「...え?扶桑?扶桑ですか?」


ユグドラシルであった。











「はへ!?神樹ゥ!?この兄ちゃんがかえ!?」


ユグドラシルが語るには、このナンパ男は『東の神樹』こと、扶桑と言うらしい。


「改めて自己紹介をさせてもらうね。ボクは扶桑。東側の領域を担当している、神樹のひと柱だよ」


「お、おぉ...こりゃご丁寧に...えらいすまんかったなあ」


遥か世界創成期の人物の登場に、雪華が謝っている。


「おい、神樹が何故こんなところにいるのだ」


ヴォルグがいつもよりも少し鋭い目つきをしつつ、そんな質問を投げた。


「あはは、そうは言われても...僕の領域にユグドラシルが入ってきた気配があったから、何事かと思って見に来たんだよ」


「.........すまん。そういえば彼女も神樹だったな。自由すぎるから失念していた」


「まさかあのユグドラシルが、人に混じって旅行してるとはねえ」


「久しぶりに会えてうれしいですよ、扶桑」

嬉しそうな顔をして、ユグドラシルが言う。

彼女が酒場に来たばかりの頃は、笑顔も少々ぎこちない物だったのだが、今はすっかり、自然な笑みを見せるようになっていた。


「それぞれが生まれてから、数えるほどしか会ってないからね。何千年ぶりだい?」


「ざっと三千年ぶりぐらいですかね」


「あはは、そりゃあ懐かしくもなるわけだよ」


扶桑は笑う。


何と言えばいいのか。私の勘が告げている。

多分、こいつも天然なのだろうと。


「そうそう、旅人から聞いたよ?ユグドラシル。きみ、世界を滅ぼしかけたんだって?」


「うぇっ!?」


思わず、ユグドラシルが素っ頓狂な声を上げた。


「な、何故扶桑がそれを...」


「あははは、引き籠りがちだったきみと違ってボクは端末を動かして人里に降りることが多いからね。そのぐらいは噂で聞いているよ?たしか...そう、エドルの三日間終末戦争だっけか」


あっけらかんと笑う扶桑に、ユグドラシルは顔を真っ赤にした。


「それで、その話を聞きたいと思って、わざわざここまでやってきたって訳なんだ」


からから、と笑いながら扶桑が言う。

どうも神樹の割には軽い性格をしているようだった。


「そりゃあまた...せやけど、そんな話聞いて何になるん?」


「そりゃあほら、僕たちは世界が崩壊したときに再構成する役割があるだろう?だから、世界が滅びかけたときの話には興味があるのさ」


「えええ...ですけど、ええ...」


ユグドラシルが珍しく、顔を真っ赤にして頭を抱えている。


「ええんやない?どうせやし、話したれば」


「そうだな。くく、神樹殿が困り果てた姿なんてそうそう拝めんだろうしな。何なら俺たちから語ってやろうか?」


猫のように、にまにまと笑みを浮かべる雪華と、悪い顔をしているヴォルグが言う。


「うう...わかりました、わかりました!話します!」


わあわあと手足をばたつかせて、羞恥心が振り切ったらしいユグドラシルがついに観念したように首を垂らした。


「ええと、あれは...」

「酒場に来て数年経った頃、だろう?」


横合いから補足してやると、ユグドラシルはうんうんと頷いた。


「そうでしたね。そうでした...。ええと、扶桑には私が人里に降りるときに念話で伝えたと思いますが、人間の少女を探すために人里に降りまして...」


「ずっと探してたんよな?確か、高名な魔導士になってエドルにいるっちゅー噂を聞いて、酒場にたどり着いた言うてたし」


「そうなのです。それで、のんびり探していた彼女を見つけたのですが」




―――――そう、彼女は確かに高名な魔導士になっていた。齢は確か、三十六。



「私が与えた、白花・緑蔦の鎌を、今でも持っていてくれたのです。それで、出逢ったときの姿で会いに行ったのです」




思い出す。

その時、私は同席していたのでよく覚えていた。


―――――しかし、彼女からの返答は。




『どちら様でしょうか?すみません、お会いしたことがありましたっけ?』

というものだったのだ。




話を聞いてみれば、彼女はユグドラシルと過ごしていた期間の記憶を失った状態で、森の浅い場所で発見されたのだという。

その時に、唯一手にしていたのが件の鎌だった、と彼女は語った。


「その、それで...」


「なるほど?それできみは大荒れだったんだね?」


扶桑がにやにやと笑みを浮かべて言うと、ユグドラシルは身を縮めて頷いた。





―――――――その後。彼女は荒れに荒れた。




好きで好きで堪らず、わざわざ人の端末まで作り上げて相手をした彼女に覚えられていなかったという現実は、人としての感情を獲得したばかりのユグドラシルにとっては、到底受け入れられるものではなかったからだ。


幼い子供の癇癪。

それに近い感情を、彼女は処理する術を知らなかった。


「酒場のみんなの励ましの声も聞こえないほど、私は荒れました」


「あの時は酷かったなぁ。俺、声掛けただけでふっ飛ばされたんだよ?」


コハクが当時を思い出すように言うと、ユグドラシルは耳まで真っ赤にして、「そのせつは・・・」と言いつつ、ますます小さくなった。


「ええと、それで...その、『こんな世界、いらない』『壊してしまえ』と思い立ちまして...」


「その短絡思考にびっくりするよボクは」


「ひぃ...。ええと、それで全力を振り絞って、天海の魔物をどんどん召喚しまして...」


「"中央"のきみが本気でそれやったら、普通に世界滅ぶからね?」


「はいぃぃ...」


もはや目の端に涙を浮かべるほど、ちっちゃくなってしまった。


「それで?」


扶桑の声に、びくーんと小さく飛び跳ねる。

いじめてるわけじゃないんだけどなぁ、と扶桑がぼやく。


「それで...三日間ですかね。皆さんが一生懸命魔物を退治して...」


「神樹ビームの乱れ撃ちで街が崩壊しかけたよな、あのとき」


黎がぼそりと呟いた。


「あでりー殿がいなければ、今頃は全員あの世だったことは間違いないな!」

がははは、とロンが豪快に笑う。


「酒場の友人たちを冥界に運ぶ仕事とか、出来れば一生経験したくない」

黎がぼやく。


いや、本当に笑い事ではなかったのだが。

私は私で、あの超出力のビームを止めるために死力を振り絞った挙句、腹にトンネルを作られる羽目になったのだ。


死ぬかと思った、というか。あれは何度か死んでいる。


私の腹に穴が開いた辺りで、「流石にやばい」と星の側が供給を一気に増やしてくれたおかげで、瞬間再生レベルまで回復力が強化され、ついでに「これ止めないと滅ぶぞ世界」と世界の側が抵抗力を弱めてくれたおかげで、何度も死にながら戦うことが出来たぐらいだし。


「あでりーさんにも、本当に悪いことを...」

「あの三日間で、私は数百回死んでいるからなぁ」


そう言うと、更にどんどん小さくなっていくユグドラシル。


この分では、話が終わるころには酒場の小さなアイドル、なんてん並みに小さくなっていそうな気がする。

ちなみに彼女、研究が忙しいらしく、残念なことに今回の旅行にはついてこれなかった。


「それで、最後はティポさんのフライパンでひっぱたかれまして...」


「「うっ...」」

フライパン被害者一同が頭部を抑えて呻いた。


「それで正気に戻りまして...」


「あのフライパン本当にどうなっているのだ?」


ヴォルグが眉を顰めながら、フライパンの化身をまじまじと見た。

一方、当のフライパンの化身は、一体浴衣のどこから取り出したのか、フライパンをまじまじと見つめていた。


「え、神樹のボクたちに効くの、それ...?」


扶桑が少し後ずさっていた。


「まぁそんなわけで、街はなんとか無事、ゆぐはんも無事、っちゅーこったな」

けらけらと雪華がおかしそうに笑った。


「そのあと、ティポさんに慰めてもらって...あでりーさんにも色々助言を貰って、なんとか持ち直しました」


「いや、やってることに対して反省の念、薄くない?」


扶桑が半笑いになっている。

そして、こほんと咳ばらいを一つ。


彼はにっこりと、胡散臭い物ではなく、心からの笑みを浮かべて言った。

「それで、きみは見つけられたのかい?」









―――――――――――――生きる意味、ってやつ。


―――――――――――――はい!







ユグドラシルは、花が咲くような笑みを浮かべた。


星の観測者 あでりー
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