没稿 「揺れる思春期」
「......寝すぎた」
目が覚めると、倉庫の窓から差し込む明かりはすっかりとオレンジ色になっていた。
ベッドから起き上がり、大きく伸びをする。
「あー......頭が重い」
昨晩は飲みすぎたし、夜更かしをしてしまった。
というのも、ほぼ毎月恒例行事ではあるのだが、魔女の夜会に招待されていたからだ。
エドルに居着く前は、魔女の夜会場所が近隣にあるのは面倒だなあ、などと思っていたのだが、想定以上の魔女どもからの歓待ぶりや、アルタイルやデネブという、1匹と1羽の優秀な使い魔を手に入れたことで、少し印象が変わったこともあり、招待されれば顔を出すようにしているのだ。
まぁ、招待されるのはほぼ恋愛運の占いのためだったり、魔女の合コンというサバトでの盛り上げ役に、占い師というのがぴったりだから、という理由なのには少々釈然としないものを感じるのだが。
とはいえ、魔女どもは長く生きているうえ、その技術だけは本物だ。
呪いのアイテムや、魔道具など、高価な品をちょこちょこ作っては市場に流しているためか、連中は羽振りがいい。
たかだか恋愛占いで優秀な使い魔を巻き上げることができたことに味を占めた私は、彼女たちの夜会で占いをやっては金品を巻き上げていた。
あまりがめつくやると恨みを買って碌な事態にならないので、あくまでも適正価格ではあるのだが、下手な貴族よりもよほど金銭感覚が狂っている連中からしても「そこそこ高価」と分類される金額を得ることができるので、これで十分なのだ。
私としては、稼ぐ必要性をあまり見出していないし、一夜の占いで稼ぐ金品によって、酒場に支払っている賃借料および食費を差っ引いてもまだ半分ぐらい手元に残るほどである。
とはいえ。
そもそも、野宿や自力での調達で十分に生活していくことができる私にしてみれば、金の使いどころなどその程度しかないので、あまり必要以上に稼ぐことは考えていない。
よく「金は回さないと経済が滞るよ」と、ルシファーや龍族連中が口を酸っぱくして言うが、連中のほうがよほど貯め込んでいるぐらいだ。
せいぜい、酒場に気持ち多めに支払うことで、感謝の意を伝える程度しか役に立たない。
さて、そんなわけで。
明け方まで占いをさせられ、金品を巻き上げて帰ってきた私は、服を脱ぎ散らかしてそのまま今の今まで寝ていた、というわけだ。
さすがに腹が減ったな、と、まだ動き始めていない頭でぼんやりと考える。
ばさばさ、と小さく羽音を立てた梟のデネブが、私の肩に優しく捕まった。
おはよう、と言いながら目を向けてやると、嬉しそうに一声鳴く。
撫でて、の合図だ。
当初は爪を立てて肩に捕まろうとしていたデネブだが、度重なる躾と、本鳥の努力の甲斐もあって、近頃ようやく肩にやさしく捕まることができるようになった。
何度か、寝起きでふらふらとしているところに爪を立てられたことがあったが、私の脆弱な肌では普通に出血したのだ。
何度かやられて、ようやく躾を始めるに至ったが、覚えるのが早くて助かる。
なんにせよ、デネブが3歩歩けば忘れるような鳥頭でなかったことに感謝したい。
うりうり、と指先で首周りを撫でてやると、気持ちよさそうに目を細め、指にすり寄ってくる。
本来、猛禽類というのは基本的に触られるのを嫌うのだが、アルタイルやスピカと同様に人懐こいこの子に関してはそのあたり気にせず撫でることができる。
誇り高き猛禽類にあるまじきことに、わざわざ私の手に体を擦り付け、撫でて、遊んでとアピールしてくるほどだ。
愛いやつめ。
これまで使い魔というのは扱ったことがなかったため、当初は不安だったが、慣れてみるとペットを飼う人間の気持ちというのが理解できた。
デネブやアルタイル、そしてスピカたち使い魔には、癒しを提供してもらっているような気がする。
特に気疲れする仕事の後などに。
ふと、そんな癒しの時間を破る音が響いた。
どんどん、と倉庫のドアが叩かれたのだ。
吃驚したデネブが慌てて飛んでいく。
しかし、珍しい。この倉庫に来客とは。
私の住んでいる場所は、酒場の裏手にある広い庭にぽつんと建てられた、倉庫だった場所だ。
この街に来た当初は、街はずれにキャンプを張って寝泊りしていたのだが、とある事故で魔物にキャンプを踏み荒らされ、テントにくっきりと足跡をつけられるという目に遭って以来、店長代理の強い勧めもあってこの倉庫を間借りさせてもらっている。
ここに入るには、そもそも酒場を一度経由しなければならないため、まず人は入ってこないし、そもそも明け方まで起きて昼過ぎまで寝ていることが多い私を訪ねてくる人間はほぼいない。
私を探したければ、とりあえず酒場に行けば大体所在地がわかるからだ。
食事で必ず酒場に顔を出すし、出かけるときも酒場を通過するため、私の行動はたいてい店長代理の少女に把握されている。
かような理由で、まず倉庫のドアを力強く叩く者はいない...はずなのだが。
「何だ?」
ひとまず、ドアの向こうへ声をかけてやる。
返ってきた声は、聞き慣れた声だった。
「俺だ、黎だ!すまん、少し避難させてくれ!」
どうやら黎が何らかの非常事態に見舞われているらしい。
死神である彼がここまで取り乱したような振る舞いをするのは珍しいな、と、ぼんやりとした頭で考える。
厄介ごとだろうか。
倉庫のドアには鍵がないため、簡易の結界によって鍵代わりにしているので、それをぱちりと指を鳴らすことで解除した。
「どうぞ?」
そう声をかけてやれば、ドアをあけ放ち、転がり込むように部屋に飛び込んでくる黎。
そしてすぐにドアを閉めると、閉めたドアに背中を預けるようにしてずるずると座り込んだ。
珍しくフードを被っていない彼は、荒い息を繰り返していた。
衣服も随分と引っ張られでもしたかのように着崩れていることだし、普段被っているフードははぎ取られでもしたのだろうか。
「随分とまぁ散々な恰好だな。どうしたんだ?」
やれやれ、とため息をつきながら問いかけると、彼は慌てて顔を上げた。
息が上がったことで紅潮した頬が、窓から差し込むオレンジ色の夕日に照らし出されて、ほおづきのように赤く染まって見えた。
「急にすまん、助かっ......あで...りー...?」
が、顔色が急に悪くなった。
「おい、どうした?」
「わああああああ!なんで服を着てないんだ!」
「は?」
黎は慌てて立ち上がり、ドアを開け放って外へ飛び出そうとして―――。
「黎さん発見!やっぱりあでりーさんの所に逃げ込んでたわね!」
「ぎゃはははは!みーっけた!」
丁度、倉庫の前に居たらしい、楽しそうに笑う鬼二人に、呆気なく取り押さえられると同時に、下着姿のままぼんやりと突っ立っていた私の姿を見つけた鬼二人が騒ぎ出したのは、言うまでもなかった。
ぴょこ、と私の肩にまた乗ってきたデネブが、ほぅ、と鳴く声が虚しく響いた。
しばらくして。
真っ赤な顔をして頑なに私と目線を合わせようとしない黎と、鬼二人、そして私の4人で、酒場で酒を飲んでいた。
「黎さんってむっつりすけべですよね!」
極東から仕入れた米の酒を口にしつつ、薄っすらと頬を染めた鬼の一人、ポノが楽しそうに笑う。
米の酒、と言えば。
どうしても雪華の印象が強くなるが、同じ極東の出身であるポノもまた「さまになる」一人だった。
「服を着ていないなら鍵を開けないでくれてよかったのに...」
一方、グラスに浮かぶ氷を親の仇のように見つめたまま微動だにせず、ぶつぶつと呟く黎。
「何か非常事態かと思ってな?」
気持ちは分かるが、な。
あんなに勢いよく倉庫のドアを叩かれれば、何かあったと思っても良いのではなかろうか。
「女の子のハダカ見ておいてその反応はないんじゃないのー?」
口許と目を三日月形に歪めて、頬杖をついた祟がにやにやと笑う。
いい酒の肴になる、とでも思っているような目だった。
先ほどから黎の肩を指先でつんつんと突いている。
「私もやらしー目で見られましたし、やっぱりむっつりですよね!」
ポノがあっけらかんと、実に楽しそうに言い放つ。
「悪かった、悪かったよ!どっちもそんな意図はなかったんだ!」
頭を抱えて額を机に打ち付ける黎。
女性陣に執拗に弄られる姿は、どうにも哀愁を誘う。
ちらり、とテーブル席へ目をやると、こちらの様子を伺っていた男性陣は「巻き込まれたくない」とばかりに、一斉に顔を背けた。
話の内容自体は分かっていないだろうが、女性三人に男性一人、しかもにやにやと弄られている。これだけで、嫌な予感を感じ取るには十分だったのだろう。
こういうとき、女性に巻き込まれると大抵碌な目に遭わない、というのは男性陣の共通見解らしい。
普段ならば黎が弄られていれば嬉々として絡みに来るであろうコハクでさえ、頑なにこちらを見ようともしない。
ヴォルグに至っては、静かに目を伏せ、手で十字架を切っていた。
生贄は一人で十分、という思いが伝わってくる。
賢い判断である。
グラスを傾ければ、からんと氷の音が鳴る。
ウィスキーの芳醇な香りと、お通しとして出されたレーズンバターに舌鼓を打ちつつ、黎に尋ねる。
「で?なぜ黎殿は追い掛け回されていたのだ?」
「それが......」
頭を抱えて机に突っ伏したまま、黎が呻くように言う。
「話せば長く...は、ならんが...」
鬱々とした様子で語る黎の言によれば、ここ数日で活発化した魔物であるドリトラルの討伐に、丁度酒場にたむろしていた黎、ポノ、祟の3名で出かけることになったらしい。
その中で、何故かポノが水着を着て討伐にやってきたらしいのだが、そのポノがドリトラルに止めを刺そうかというその時に、祟が揶揄うように言った。
「黎さん...黎さん...」
「なんだ?」
「ポノさんの揺れるお胸の感想をどうぞ!」
その質問が投げかけられた瞬間、ポノの魔術が炸裂し、ドリトラルを沈めた所だったらしい。
その際に、つい癖で
「見事だな...」
などと発言してしまったものだから、揺れるお胸とやらが見事だ、という発言に置き換わり、こうして女性陣に酷く弄られる羽目になったのだという。
「「「「見事ォ!?」」」」
我々の後ろでこっそり聞き耳を立てていた男性陣が椅子を蹴って立ち上がった。
つい先ほどまで我関せずを決め込んでいた連中とは思えない。
「ぽろっと本音が出ちゃってたわよね!」
祟がにやにやと笑う。
その時のことを思い出してしまったのか、それともポノの水着姿でも思い出したか。
黎は机に突っ伏したまま、首まで赤くなっていた。
そもそも何故、水着を着て討伐戦に出たのかはまったくもって不明だが、らしいといえばらしい破天荒さである。
一方で、気になってしょうがなくなったのか、後ろから大声が上がった。
「ちょちょちょちょ黎ちゃん!?見事!?ねえ何が見事だったの!?コハ兄さんにちょーっと詳しく教えてくんね!?」
コハクである。
もう辛抱たまらない、といった様子で黎に駆け寄ると、肩をつかんでがくがくと揺すり始める。
「おい、おいやめろ」
「ちょっとポノちゃんのお胸がお見事だったとか聞こえたんだけど!」
勝手にヒートアップしつつ、揺する速度がどんどん早くなるコハク。
そんなに気になるものなのだなあ、などと遠い目になってしまう私をどうか許してほしい。
「うんまぁ、ポノちゃん脱ぐとスゴいんだけどね」
ぼそっと、祟が余計な事を言い、油を注いた。
「マジで!?」
「ついでに、私たちから逃げようとしてあでりーさんの寝室に飛び込んだら、下着姿のあでりーさんと出くわしたんですよね!」
そして更に燃料を投下するポノ。
おい。私にまで飛び火したぞ。
祟はどう見てもわざとやっているが、ポノのほうは実は何も考えずに発言しているのではないだろうか。
「あぁぁぁぁぁぁぁもうやめてくれええええぇぇぇぇ...」
「師匠までむっつり被害に!?やっぱ詳しく聞かせて!!」
蚊の鳴くような声で懇願する黎に、更に燃料を得たコハクが詰め寄る。
ついに黎の堪忍袋の緒が切れたのか、取っ組み合いの喧嘩が始まった。
やいのやいのと騒ぎが起きた中、グラスとつまみを手に少し距離をとった私は、そのくだらない騒動をため息交じりに眺めているのだった。
願わくば、酒場の備品を壊すことがないように、などと思いながら。