終話 「遥か未来のティーパーティ」

2019年09月16日



ぱらり。



――――アルバムを手繰る指が、止まった。




全ての写真を。

ありったけの思い出を。


私たちは、語りつくしていた。


全て、語り終えた。

語り終えて、しまった。


懐かしい思い出も。とんでもない案件も。

痛ましい事故も。笑ってしまうような、くだらない与太話も。



全て、全てが。



―――ああ、何故、終わってしまうのだろう。



この永い人生の中で、あれほど色濃く、色褪せない大切な思い出なのに。

指先が、手繰るページを探すように彷徨う。


「―――終わってしまった、のですね」


ふと顔を上げると、彼女は涙を流していた。


あぁ。残念ながら...終わってしまった、な。


きっと私も涙を流していることだろう。

潤んだ視界は、もうまともにアルバムを映し出していない。

もしかしたら、人生で初めて泣いたのかもしれない。


もっと見たい、もっと話をしたい。


思い出に浸っていたかった。


皆と、もっと語らっていたかった。


皆と、もっと与太話をしていたかった。


皆と、皆と。




ああ、何故。

何故終わってしまったのだろう。


なぜ、過ぎ去ってしまったのだろう。


なぜ

どうして、私は取り残されたのだろう。


「あでりーさん」


―――っ、何だ?


「貴女にはまだ、帰る場所があるんでしょう?」


何、を...。


そういって微笑んだ彼女の輪郭は。

うっすらと、消えて―――


おい、嘘だろう?待ってくれ。

まだ、その時ではないはずだ。

星の命は、まだしばらく持つと――――!


「最後に、すてきな思い出が見れました」


やめろ!言わないでくれ!

そんな、まだだ、まだのはずだろう!

まだ、話し足りないことが――――!


彼女の輪郭は色を失い、姿が希薄になっていく。

光の粒子が、身体から離れて行く。


ふわり、ふわりと。


まるで、現れたときとは逆に再生したように。

揺らめきながら、立ち上って消えていく。


おい、ゆぐ殿!待て、待って――――


やがて、寂しそうに微笑んだ彼女が、視えなくなった。



――――ああ、私を、置いて逝かないで







机に遺された、持ち主を喪ったティーカップが、どうしようもなく寂しそうに見えた。














――――っ!?


ふと気が付くと、見慣れた天井が目に飛び込んだ。

見慣れた、倉庫の天井だった。


天窓からは月明かりが差し込み、やわらかく室内を照らし出している。

見回せば、使い魔たちが隅に集まって折り重なるようにして眠っていた。

スピカ、アルタイル、デネブ...。

我ながら安直な名前を付けた2匹と1羽は、幸せそうに眠っているようだった。





―――っは、はぁっ、


......息が荒い。


...夢を見ていた、のか。

――――ああ、また、未来の夢を見ていたのか。

くそ、ここまで鮮明な予知夢など、初めて見た...。


...今日はいつだったか。

全く。長く生きすぎた弊害か、時間の感覚が希薄で困る。


まあいい。とりあえず、食事でも取るとしよう。







「あっ、あでりーさん!」







聴きなれた声。

懐かしい、声。

散々懐かしみ、別れを嘆き、思い出に心が温まった。

私に、希望をくれた声が。


「あでりーちゃん、遅い!」

「遅いぞ、あでりー嬢!」

「またぞろ深夜まで星でも見てたんやろ?あれほど昨日早く寝ろと言ったんに」

「あら、アデリーナ。お寝坊さんね?」


次々に投げかけられる「声」たち。


――――――あぁ、そうか。

私はまだ、『ここ』にいるのだな。




―――――――――――――やぁ、こんばんは。遅れてすまんな。

ならば、もう少し。もう少しだけ。今を。

やがて訪れることになる過酷ではなく。幸せな今を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未来で旧友と共に過去を懐かしむ。暖かな思い出に浸る。それも良いだろう。

 

だが、今は。

 

そう、今だけは。

決まり切った未来予知などではなく。

ただ、そう、ただ、何れ訪れる幸福な未来に、想いを馳せるくらい、許されるだろう。

だって、この世界は地獄だけれど。

今この酒場には、そんな話は相応しくない。

だから、今ばかりは希おう。私の友人たちに、どうか幸せな未来があらんことを。

 

さて、私はここで一度筆を置く。

何故か?

 

 

 

 

 

当たり前だろう。

 

 

 

 

 

「―――くく、幸せな未来は、己の手で描き上げるものだぞ、ティポ殿」

さあ。最後のエンディングは、どうか貴女の手で。























おしまい。

星の観測者 あでりー
本原稿はあくまでも仮です。ご意見ください
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